【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

　リングから乾いた音が連続して聞こえた。牛瀬巧の構えたミットに男子が小気味よくパンチを打ち込む。
「次はここや」
　巧は顎の下でミットを下向きにした。意図を理解した男子はアッパーカットを決めた。
「こうですか」
　リング下にいた巫部紫苑は踏み込んだ一歩からアッパーカットに繋げた。男子の動きを真似して右のジャブを繰り出す。休む間もなく左フックを打ち込んだ。
　――ボクシングの経験はないのですが、意外と楽しめるかもしれませんね。
　綺麗なフォームもあって初心者には見えなかった。
「もうばてたんか」
　巧はミットで男子の頭部を狙う。右を躱された直後に左を放つ。腕でブロックされたが足の踏ん張りが効かず、左によろめいた。
「これが十オンスのグローブの影響や。腕が鉛のように重くなったやろ」
「まだ、やれます！」
　男子はグローブを顎先まで上げてファイティングポーズの姿勢を取った。
　時間にして三分と持たなかった。最後はだらりと両手を下げて、もう無理、と力ない一言で項垂れた。
「口だけやな。交代や。そこの女子、出番やで」
「私ですか？」
　きょとんとしながらも大人しくリングに上がった。
「このグローブを使いや」
「あちらの方のグローブとは違うのですね」
　男子はグローブを外して隅に置き、リングを下りていった。
「あれは十オンスや。女子はそれよりも軽い八オンスを使うことにしとる。ほな、始めるで」
「わかりました。牛瀬先生、今日はよろしくお願いします」
　グローブを装着した紫苑は左手を顎の辺りに添えて、右肘を曲げた状態でゆらゆらと揺らす。
「まずはここや」
　左のミットを前に出す。紫苑は肩の力を抜いて右ストレートを打ち込み、即座に引いて次の攻撃に備える。
「ええやないか」
　巧はニヤリと笑って右のミットを差し出す。速い左ストレートを当てた。
「次は左や」
　左のミットを出した瞬間、紫苑の右ストレートが捉えた。
　巧は交互を続けた。リズムに乗った紫苑は笑顔で打ち込む。
「楽しいやろ」
「そうですね。思っていた以上です」
「ほな、これはどうや」
　いきなり左のミットを振ってきた。紫苑は右腕でブロックした。
「ええ反応や」
「ありがとうございます♪」
「ここからは少し変化をつけるで」
　巧は左右のミットを不規則に構えた。紫苑は左フック、右ストレート、右フック、左ボディ、と打ち分けた。
　かなり下の位置のミットはアッパーカットで打ち込んだ。
　巧は感心したように目を丸くした。
「初心者やと思ったが、今のボディーアッパーは悪くない威力や」
「牛瀬先生の指導のおかげです」
「なかなか口も上手いやないか」
　最後は流すようにしてミット打ちを終えた。
　巧はミットを外し、顎を撫でた。
「ええセンスは持っとるが、スタミナ不足やな。クリアはおあずけや。なんならもう二ラウンド、続きをやってもええで」
「楽しいところで終わっておきます。ありがとうございました」
　紫苑はグローブを外してリングを下りた。壁際に歩いていくとボストンバッグが置かれていた。その横に座ると中から五段の重箱を取り出した。
「その前に水分補給ですね」
　一緒に入れていたペットボトルの蓋を外し、喉を鳴らして飲んだ。
　リングの上で見ていた巧は目を瞬く。
「なんちゅうヤツや」
　笑いながらコーナーに背を預けた。