【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

２：牛瀬巧のミット打ち
　三年三組の生徒達が黒板に集まる。貼られた紙の内容を憤るような顔で眺めた。
　三ヶ島葵も同じように目をやるが他とは反応が異なる。口角を上げた状態でニヤニヤと笑っていた。
　それは表面上の話で心中は穏やかではなかった。
　――冬休みが廃止なんて最悪だよー！
　まー、順当に冬休みを迎えても受験勉強で潰れるんだけどー。それでもずっと学校は嫌なんだよー！
　だからと言ってこのテストに、それほど必死になれる訳でもないんだよねー。やるなら一番、楽そうな牛瀬せんせーのミット打ちだよねー。
　他の生徒達は行き先が決まると猛然と走り出す。
　葵はのんびりとした状態で教室を出た。ダラダラと歩きながら窓の向こうの光景をぼんやりと見ている。
　――急ぐ必要はないんだよー。他の生徒がクリアしてくれたら労力がなくて最高なんだよねー。
　それに牛瀬せんせーは飽きっぽい感じがするんだよー。たくさんの生徒の相手でへとへとになったところにいくのがいいよねー。簡単にクリアできそうだよー。
　南校舎を出た葵はブラブラと散歩をするように武道場へ歩いていく。
　数分で到着した。開いた扉から中の様子を窺う。一階に設置されたリングに牛瀬巧の姿があった。コーナーに背を預けた状態で大きな欠伸をした。
　葵の笑みが弱々しいものに変わる。
　――思ったよりも参加者が少ないようだねー。ここで待機する時間がもったいないので、ダメもとで程々にやるんだよー。
　柔らかい表情で葵はリングに向かう。
　気付いた巧は横目となった。
「なんや、挑戦するんか」
「女子でもいいんですよねー」
「まあ、せやな。ちなみにボクシング経験は？」
「全くない初心者ですー。お手柔らかにー」
　言いながらリングに上がる。
　巧はコーナーに置いてあった八オンスのグローブを葵に投げて渡した。自分は両手にミットを嵌める。
「ワシが指示したところにパンチを打ち込んだらええ。たまにミットで攻撃するんで油断すなよ」
「パンチの打ち方のレクチャーとかは？」
「素人は気にせんと、指示したところに打ち込んだらええねん。だるいやろ」
「まー、そうですよねー」
　グローブを装着した葵を見て巧は首を回しながらコーナーを出た。中央で立ち止まると、右手のミットを突き出した。
　葵は左のストレートを打ち込む。気の抜けたような音に巧は、気合や、と低い声で言った。
「一応、真面目にやってるんですけどねー」
「左がくるで」
　言葉通り、左のミットが葵の側頭部を狙う。手加減した攻撃もあって仰け反って躱した。
「次はここや」
　右手のミットを低く構える。反応に迷いながらも右をアッパー気味に入れた。
「まあ、ええやろ」
　巧は言葉を交えてミットを構える。身体を横にしてフックを促すこともあった。
　二分と持たず、葵は息切れを起こした。辛うじて作った笑いで両手を挙げた。
「グローブが重くて、もう無理ですー」
「降参するんやな。クリアにならんがええか？」
「ええですー」
　葵は自らグローブを外した。中央に揃えて置いて言葉で十カウントを数える。
「えらい早い引退やな」
　巧の苦笑いに葵は、ですよねー、と明るく返してリングを下りた。
　持っていたハンカチで軽く顔を拭う。
　――ここからは非公式新聞部員が暗躍、ではなくて活躍するんだよー。
　クリアした生徒から話を聞いて記事にして、もちろん写真も撮るんだよー。
　どこか晴れやかな顔で葵は武道場を後にした。