【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

　二年三組の教室から飛び出した稲積柚春は三階へ向かう階段を駆け上がる。勢いは急に落ちて踊り場で足を止めた。
　三階から下りてきたウォルター・Bも同様に立ち止まる。終業式とあって黒のフォーマルスーツで決めていた。
「良いところで会えました。ウォルター先生は、このあとの能力向上テストに参加するのですか？」
「その予定はないなぁ。今回のテストの対象はあくまで生徒だからねぇ。でも、どうして？」
「今回のテストには筋肉を傷めそうなものが含まれているよね。もしウォルター先生がお手本として参加するなら、僕の精油の知識が活かせるかなって」
　柚春はウォルターを気遣うような目を向けた。
「稲積が前に用意したレモンユーカリは良い香りがしたねぇ。筋肉痛くらいならなってもいいって思えたよぉ」
「ダメだよ、そんなこと言ったら」
　柚春は半歩、踏み込んだ。怒った目をウォルターは柔らかい笑みで受け止めた。
「柚春が心配するようなことを僕はしないよぉ」
「約束だよ、ワット」
　ウォルターは微笑みで返し、何かを思い出したように目を開く。
「稲積は生徒だよねぇ。能力向上テストは受けないのかなぁ」
「それなんだけど、僕は体力に自信がないし、球技大会のようにケアする側に回れたらいいと思うんだよね。精油を使った応急処置は経験済みだし。それに困るから」
「困る？」
　聞かれて柚春は横を向いた。頬をほんのりと赤らめる。
「……冬休みはワットと、ふたりの時間をたくさんつくりたいから、なくなっちゃうと困るよ」
「そうだねぇ」
　その一言に柚春の顔が綻ぶ。とは言え、寝子島高校の中で二人は生徒と教師。柚春は一線を踏み越えないように言葉を選ぶ。

「ウォルター先生は、冬休みの間も部活動やお仕事なのですか？」
「ずっとではないよぉ」
　即座に答える。本心に思えた柚春は弾むような声を返した。
「ワットとして会えるのはうれしい。でも、ウォルター先生の姿までお休みになるのは少し残念かも、なんてね。信じた？」
「ほんの少し」
　柚春は、えー、とわざとらしく驚き、顔を近づけて笑った。
「だからいっしょにいて僕をもっと知ってほしい。クリスマスも、年末の大掃除の時も、お正月の時も」
　恋焦がれた目でウォルターを見つめる。
「ここでは教師として接する必要があるのにねぇ」
　ウォルターは柚春の頭頂に軽く唇を当てた。あまりに自然な動作に反応が遅れた。
「え、今のって」
「秘密だよぉ」
　ウォルターは唇に人差し指を立てた。柚春はふらりと傾き、スーツの胸の辺りに額を当てる。
「ワットのこと、好き……」
「同じ気持ちだよぉ」
　三階から足音が聞こえる。二人は少し離れて教師と生徒の会話を始めた。その横をジャージ姿の女子が勢いよく駆け下りていった。
　姿が完全に見えなくなると柚春は明るい声で言った。
「ウォルター先生、僕達も行きましょう」
「そうだねぇ、稲積」
　二人は笑みを交わし、生徒と教師として階段を下りていった。