【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！｜リアクション

【終業式】課題をクリアして冬休みを死守せよ！

　講堂のイスに座っている生徒の頭が揺れ始める。
　御巫時子は眠気に耐えるように軽く下唇を噛んだ。
　――瞼を閉じるとすぐに眠ってしまいそうです。尚輝先生は大丈夫でしょうか。
　さりげなく目で探す。
　壁際の一隅に五十嵐尚輝が立っていた。白いスーツではなく、やはり今日も白衣を着ていた。皺は見られず、全体が白く輝いている。
　――新調したものでしょうか。目が前髪で隠れていて状態はよくわからないですね。
　どこかほっとした顔で時子は目を戻す。
　――また眠気が酷くなったようです。どうしましょう。
　胸中で困り果てていたところに、チッチッ、と鳥が鳴いた。
　呼び掛けられたように時子は講堂の窓に目をやる。
　僅かに開いたところにスズメくらいの大きさの鳥がいた。黄色い腹を見せて時子の方に首を傾げて見せる。
　――アオジさんですね。冬になって山から下りてきたようです。仕草が可愛いですね。お話したいのですが、終業式を抜けるわけにはいかないので残念です。
　時子は目と耳で楽しむ。
　校歌斉唱では伸びやかな声で歌う。睡魔を体内から完全に追い出し、生気に満ち溢れた。
　その最中、窓辺にいたアオジは別れを告げるように鳴いて飛び去った。
　――アオジさんのおかげで眠らないで済みました。ありがとうございます。
　目礼した時子は晴れやかな気持ちで歌い切った。

　三年五組の教室に戻ると担任の尚輝が冬休みの過ごし方についての話を始めた。
　前にいた男子が顔を突き出す。隣にいた女子は掻き上げた髪を耳に引っ掛けた。同じように耳に意識を集中していた生徒達から声が上がる。
「先生、声が小さくてよく聞こえないんですけど」
「もう少し大きな声でお願いします」
「こっちも同じです」
　どの生徒も同じ内容を口にした。
　その中、時子は別で少し驚いたような顔をした。
　――皆さんがいうように尚輝先生の声は小さいですが、聞き取れないほどではありません。どういうことなのでしょうか。
　時子の心に特別という文字が浮かぶ。自然に笑みが零れた。
「……節度ある態度で……生活の乱れは……体内時計は……」
　生徒達の指摘を受けて声が少し大きくなった。それでも途切れ途切れに聞こえるらしく、横向きになって聞く生徒が多数を占めた。
　時子は心配そうな顔で尚輝を見つめる。
　――規則正しい生活を生徒に勧めていますが、先生はどうするのでしょう。学校に寝泊まりするのではなくて、アパートにも時々は帰って欲しいですね。そうしないと疲れが取れないと思います。
　そこで思考を止めた。小難しい表情は瞬時に笑顔に変わった。
　――私が尚輝先生の健康管理をすれば全て解決します。冬休みはイベントが多いですから一緒にいないといけませんね。
　時子は終始、笑顔で尚輝の話を聞いた。

　生徒達に通知表が渡される。悲惨な数字に落ち込む男子や飛び跳ねて喜ぶ女子が入り乱れる。
　最後の方となり、時子が呼ばれた。手早く髪を整えて静々と教卓に向かう。
　尚輝は通知表を差し出す。
「よくがんばりました」
　その口元が柔らかい笑みを作っていた。時子はにっこり笑って、ありがとうございます、と返した。
　ホームルームが終わると尚輝は生徒達に背中を向けた。黒板に能力向上テストの紙を貼り付ける。
　生徒達が続々と集まる中、静かに教室を出ていった。時子はあとを追い掛けて廊下で声を掛ける。
「尚輝先生、一緒にテストの様子を見て回りませんか？」
「僕と、ですか。今日は実験の予定はありません。でも僕でいいのですか？」
「はい、お願いします。冬休みの有無が気になります」
「……教師の僕がこのようなことを、言うのはどうかと思うのですが、冬休みの廃止は困ります……実験の時間が取れなくなると、思うので」
　尚輝はボサボサの頭を掻いた。
「応援しましょう」
「そうですね」
　時子は尚輝の横に並び、同じ早さで歩いてゆく。