≪サンプルを求めて≫
「今朝の占いでは。青色とデジカメがラッキー。青い桜を撮影すべしと運命の啓示！」
　椿 美咲紀は楽しそうに、持ってきたデジカメを構えてみる。
「しかし、賑やかだね。お花見だなんて」
　手には軍手、ゴーグルで顔を簡易に覆った逆巻 天野も、理科実験室にいた一同から経緯を聞きながら山道を進んでいた。
「皆はどう思う？　やっぱり普通ではないと思うけど」
　天野の質問に、愛用の番傘を差した御巫 時子が答える。
「木自体がろっこんのような力を持ってるんでしょうか？　花見をして欲しいと願って…」
　続けて神野 美野梨はジャージ、帽子、手袋にマフラー、試着用フェイスカバーといった完全装備の状態で、考える。
「花が虫を引き寄せるのは、受粉の手助けをさせるためだわ。それと同じように、人に何かをさせようとしているのかしら？」
「あぁ、その声、神野だったか。わからなかったよ……あれ？」
　天野が美野梨の後ろを見て、ふと気付く。
「よくわかりませんが、今日はお花見をするですー！」
　ついさっきまではいなかった赤い髪の少女、不破 ふわりがいつの間にか同行していたのだ。
　一同は、驚いてふわりに注目する。
「あれあれ～？　そんな固ッ苦しい顔しちゃダメですよーぅ。せっかく授業が堂々サボれるんですよーぅ。楽しまないでどうするんですぅ？」
　間延びした彼女の言動に呆然としていると、今度は草むらから十条寺 達磨が飛び出して来た。
「ふわふわちゃん、一人じゃ危ないってのー！　っと、お仲間と可愛い娘発見！」
　遭遇したメンバーの内、美咲紀や時子を見て胸を踊らせる達磨。
「って言うかぁ、愉しいですよぅ」
　一方。チャンチャカ、チャンチャカと一人で身体をくねらせ踊るふわり。
「……彼女、花びらに感染してるの？」
　脳の髄までお花見気分に浸っているようなふわりを見て、天野が達磨に問う。
「たぶん……いや、わかんねぇ。いつもこんな感じなんだよなーこの娘」
　ふわりと同じ1年8組の達磨は、彼女の素行に苦笑するしかなかった。

「おお、感染者が出おったか。花びらのさんぷるもいくつか採れておるからのう」
　頑張って先陣を進んでいた大田原 いいなは、後ろにいる衆の様子を見て呟いた。
　花弁が付着せぬよう、顔にタオルをグルグル巻きにしていた彼女だったが。
「あー、しかしなんじゃの、蒸しあっついのうたおる巻きは…」
　近くの岩に腰掛けながら、少しの間なら平気だろうと、タオルを解き始める。
　そして、そこに付着していた青い花弁に気付かず、そのまま顔をこすってしまった。

『はーなーみーがーしーたーいーぞー！！』
　いいなの声が、ヤマビコのように響き渡る。
「大田原さん！？」
　美野梨を始めとした一同が、いいなの元へ駆け寄ってなんとか取り押さえた。
「はーなーすーのーじゃー！」
「これは、アウトかなぁ」
　暴れるいいなの片腕を押さえながら、ご愁傷様、という表情で天野が言う。すると、そこへ。
「ふ、はは、やっと見つけたぜ……！」
　決して豊富ではない体力を振り絞り、根性でここまでやってきたのは緋王 輝夜であった。
「緋王さん、その手に持ってる毒物のような液体は、何……？」
　混沌たる色をした試験管に、思わず恐れをなす美野梨達。
「毒じゃあない。あたし特製の着付け薬だ――これは一種の病気だよな？　なら病気を治すのは医者の役目だぜ」
　医者のタマゴである輝夜は、自信たっぷりに試験管をいいなに突きつける。
「待ってろいいな！　この天才医学者が助けてやるぜ！」

「～～ーっ！？」

　試験管のコルクが開けられたその瞬間に、暴れていたいいなの動きが止まる。
『はーなーがーまーがーるー！！』
　悶絶しながら叫んだ直後、彼女は目を回して気絶してしまった。広がり始めるアンモニア系の異臭に、いいなを取り押さえていた面々も輝夜から速攻で距離を取る。
「あっれぇ？　ちょっと個体差があるのかも……よし、次はそいつに試す！」
　異臭の中心にいるにも関わらず平然としている輝夜は、今度はふわりに目を付けた。
「いやいやーぁ。そんなの嗅いだら死んじゃいますよーぅ！」
「大丈夫だ安心しろ。あたしは天才だ！」
　満面の笑みで近付いて来る輝夜に対し、ふわりは咄嗟に、自分の盾にするよう達磨を思い切り引っ張った。
「たすけてくださ～いっ」
「えっ、うそ」
　どさり。
「だーるまさんが、こーろんじゃいましたーぁ」
　試験管を嗅いでしまったが最後、一瞬で気を失い倒れた彼を、ふわりはしゃがんでつんつんと突いてみるが、ぴくりとも動かない。

「お待たせしました皆さーん、御札を手に入れましたよー……って！　なんですかこれー！？」
「やあ、屋敷野。巻き込まれなくて良かったねぇ」
　ようやく仲間の元へ辿り着いた屋敷野 梢は、いきなり驚愕する。一見平静に見える天野も、顔色が良くない。
　その恐ろしい光景を離れた所で傍観していた美咲紀と時子は、ただ身を寄せ合って震えているのだった。


≪あおい失踪≫
　体力切れで倒れたアガサ・プレラチは、強靭な肉体を誇る尾鎌 蛇那伊の背に乗って皆に同行していた。
「ん……ありがとうございます」
「けどセンパイ、その軍手であたしのお肌に触っちゃだめよ？　せっかくのオイルがはがれちゃうからね」
「はい。私としてもできれば触りたくありません」
「あんっ」
　風に乗って吹いてきた数枚の花弁が、オイルを塗った蛇那伊の額にぴたりと貼り付いた。
　アガサはピンセットを使い、彼の魅惑的なオイルが染み込んだ青い花びらを遠慮がちな手付きで回収する。
「表面積も広いので花弁キャッチャーには適していると言えます……が。んんん」
　そして他に手に入れたサンプルと混合せぬよう、ラベルに『オカマさんエキス付』と書いた別のジップロックへ入れた。

「ともあれ、花弁量と風向き等から大元樹を特定し接近しよう」
　八神 修が状況を観察しながら、進むべき方向を導き出す。
「あれ……ねぇ、あれ！　ののこちゃん達だ！」
　あおいが、少し遠くの獣道に感染者達の姿を見つけた。
「本当…！　けどここは足場が悪いです。無闇に動いたら……」
　綾辻 綾花の言葉を聞く前に一人駆け出したあおいは、彼等がいる方へと真っ直ぐ進んでいく。
「みんなーっ！」
「あおいちゃん！？」
「おい、七夜！」
　咄嗟に止めようとする綾花と修だったが、そこに運悪く強い風が吹いて来た。青の桜木が風上にあるのか、感染源たる青い花びらが混じっている。
　それに気付いた一同は身を丸めて強風をやり過ごしたが代わりに、生い茂る雑木林に踏み込んだあおいの姿を見失ってしまうのだった。
「くっ、しまった……！」
「大変です！」
　あおいの身を案じ、冷たい汗を浮かべる二人。
「まだ遠くへは行っていないはずです。大声で呼び掛けながら、後を追いましょう」
　森 蓮の提案に、二人は強く頷く。
「あたしも行った方がいい？」
「尾鎌は、アガサ部長を頼む！」
「了解よ。その代わり、お姫様をちゃーんと連れ戻すのよ？」
「な！　なんのことだよ…」
　蛇那伊の表現に若干の照れを示す修。
「あおいちゃん、無事でいてください……！」
　強く祈る綾花と共に、修と蓮は雑木林へ入って行った。

「私はお荷物になってしまいましたね。すみません」
「いいのよセンパイ。女の子は、みんなお姫様なんだから」
「私を口説いたところで、残念ながら何も出ません。……そういえば、さっきいたもう一人の作業員の方も見当たりませんね」
　蛇那伊の言葉にも表情一つ変えぬアガサは、宇多野・ユニ・アヴァロンが乗るロボットに話しかける。
『あら、本当。まぁ、知ったことではないわ』
　スピーカーから、少しくぐもったユニの返事が聞こえた。
『青い桜ね……確かに面白いのだけれど、気味が悪いからさっさと切り倒してしまいましょ』
　進路を風上へと向けながら、どことなく楽しそうに話すユニ。
「ん……なかなか物騒なお姫様ですね」
　そうして彼等も、再び歩を進めた。