ボディタッチ日和オブウィンター｜リアクション

ボディタッチ日和オブウィンター

　京極花音は抗いがたく悶えた。
「くっ……またかよ！！」
　再び、ボディタッチ欲の嵐が吹き荒れる。これがすこぶる強烈なのだ、一度経験済みなのでよく分かる。その衝動の前では理性や常識など紙切れのようなものだ。
（まずいぜ、このままじゃ……見知らぬ誰かに抱き着いちまう！）
　前回はファンシーショップに駆け込み、ぬいぐるみを思う存分モフって気を静めようとしたところで、あっけなく衝動は溶け消えた。あの時に購入してしまった多数のぬいぐるみは、自宅に飾ってある。
　よってあれらを抱きすくめればなんとか、抱き着き欲を発散させることはできそうだ。しかしながらここは往来、それも彼の住まうアパートへたどり着くにはいささか距離がある。では手近な店にでも駆け込むのはどうだ？　周囲を眺めるも残念ながら店の類は見当たらない。いやラーメン屋はある、あるにはあるがどうしろというのだ。
（ぬいぐるみだ。ぬいぐるみを探せ！　ファンシーショップがありゃいいが、そう運よく見つかるもんじゃねぇ。ここからならシーサイドアウトレットが近いか？　いやしかし、そこまで俺の理性が持つ気がしねぇ……！）
　懸念事項はこの事態を誰かに目撃されること、あるいは心配されてか怪しまれてか、いずれにしろ近くに寄ってこられることだ。それが見知らぬ通りがかりであればまだ耐えようもあろうが、最も恐るべきは、憧れの彼女だ。
（他の誰かならなんとかなる。はずだ。しかし今、もしあの子を目にしようもんなら……）
「あら？　お花屋さん？」
　心臓が跳ねた。花音の全身も跳ねた。
「お花屋さ～ん！　奇遇ですねぇ～！」
「きききき」
「木？　気？」
「奇遇ッスねえええ！！」
「はい、奇遇です♪」
　アルバイト先を何かと訪れる顔見知り、想い寄せる彼女、花音をどうにかさせる唯一の存在暁月静であった……もっとも彼女の名も年齢も、未だ花音は尋ねたことがないのだが。
　そんなわけで、衝動はがつんとこめかみに響く衝撃となって押し寄せた。
「ううっ！」
「あら、どうかしたんですか？　お昼ご飯を食べ過ぎたとか？」
「食べすぎては……いないッス。ただちょっと」
「ちょっと？　大丈夫ですか？　何だか苦しそう……」
「その……自分、風邪引いてまして！　体調不良で！　うつるといけないんで、あんまり近づかないでほしいッス……！」
　今近寄られるわけにはいかない。触れられればなけなしの理性など消し飛んでしまうに違いない。その点風邪と言っておけば無理に寄ってくることもないだろう。完璧な言い訳だ。
　と思ったのだが、その後が良くなかった。
「くうっ……」
「あっ、大丈夫ですかお花屋さん！？」
　波濤のように寄せては返す衝動に耐えるあまり、身をよじる。よろめき、足がもつれ前のめりに倒れ込む。
　その先には形のよい二つの丸みがあった、むにゅん。
「す、すすすすすすんません！？　わざとでは、決してわざとでは……！」
「いいんですよ。苦しいでしょう。無理はなさらないでください」
　花音は頑張った。耐え抜かんと最善を尽くした、しかし無常にも限界は訪れた。
「う、うおおおお……！」
　彼女を抱きすくめる。なんてやわらかい、なんていいかおり。彼女の胸に顔をうずめてめいっぱいに堪能する。
　にも関わらず、彼女は花音の背に手をやり、優しく撫でさすってくれる。
「痛いの痛いの……は、ちょっと違いますよね。ええと。辛いの辛いの、とんでいけ～～～」
　離れるでもなく嫌がるでもなく、花音の苦悶を取り払ってくれようと、たおやかに包み込んでくれる。
「どうですか？　少しは良くなってきましたか？」
「……まだちょっと、辛いッス……かね」
「それはいけませんね。はい、辛いの辛いのとんでけ～～～♪」
　離れがたい幸福と、申し訳なさと照れ臭さがないまぜとなり、一体どんな表情を浮かべたものか。結局、顔を上げれば見えただろう、彼女のまるで慈母のごとき微笑みを、花音が目にすることはなかった。