秋めくボディタッチ日和｜リアクション

秋めくボディタッチ日和

「こ、来ないでくれ。頼むから……」
「で、でもあの、体調が悪いのでは？　人を呼びましょうか？　それとも、か、肩をお貸ししましょうか……！？」
「う……うおおおおおーーー！！」

　京極花音は寝子島高校の新米教師、雛鶴さゆり先生を前にして、頭と理性をフル稼働させていた。
（理性や常識なんてモンがなけりゃ今すぐにでも目の前の女性に触りたい！　抱きしめたい！　いやいや待て待て、やはり理性や常識が最優先だ……！　初対面の異性に突然抱きつくなんて、変態以外の何者でもない。さらには、もし衝動のままにこの女性を抱きしめたりなどしたら、俺よりひと回りもふた回りも小柄な彼女の身体など平気で折ってしまうことだろう）
　これだけの文章量を僅か１秒の間に脳内展開させた花音は、目の前のさゆり先生に向かって叫んだ。
「だ、大丈夫だから、ほ、本当に……何でもないんだああぁ！！」
　初対面の年上の女性に対して敬語で接する余裕もない。
　この窮地の打開策は……、
（今すぐにこの場から逃げることしかねえ！）
　花音は脱兎のごとく逃げ出した！
「え、あのぅ……！？」
　さゆり先生の戸惑う声が遠くに聞こえたが、逃げるが勝ち、と兎に角走る。

　しかし、状況は好転したとは言い難かった。
　走れども走れども、触りたい衝動は治らない。
　誰かにくっつきたい。可能であるなら抱き着いてむぎゅっとしてそのぬくもりを全身で感じたい。
　なんならすりすりはむはむむにむにしたい……！！！
　いやいやいや、と花音は首を振る。
（……何とかしなければ、このままじゃ歩く変態だ！）
　衝動に必死に抗う花音。眉間と鼻梁の間に深い溝が刻まれ、三白眼も一層鋭くなっていて、今しがたそこらで一発ぶっ放してきましたみたいな顔になってしまっているが、気にする余裕もない。
（触りたい！　だけど人間相手だと俺の怪力で相手を傷つけてしまうから……そうだ、）
　花音は閃いた。
（ぬいぐるみだ！）
　それなら誰も傷つかないし、自室でモフモフし放題だ。
　鬼の形相でファンシーショップに突入する。
　店員たちにビビられながら可愛いぬいぐるみを何体も買う己の姿も、今は気にしてる余裕はない。

　なのに……。
　なんということだろう。
　家に帰ってきた途端、さっきまでの衝動が嘘のように消え失せてしまったのだ。
「何かの効果が切れたのか……？」
　両手に抱えた何体ものぬいぐるみたちが、つぶらな黒い瞳で花音をやさしく見つめてくる。
「このぬいぐるみの山、一体どうすりゃいいんだ……」
　玄関先で呆然とする花音の髪を、木枯らしがひゅうと掠めていった。

このページにイラストを設定する