ボディタッチ日和オブウィンター｜リアクション

ボディタッチ日和オブウィンター

「……？」
　ぶるると肩を震わせた。風邪でも引いただろうか。確かに１２月となり少しずつ冬の足音が聞こえつつもある。今日などは少し薄着であったかもしれない、コートの下にもう一枚着重ねても良かっただろうか。
　稲積柚春は奇妙に浮ついた心を持て余すまま、ブラックウッド邸の敷居をまたいだ。いつ見ても大きなこの邸宅は、メイドの完璧にして絶妙な匙加減が細部に行き渡り、常に空調だって最適を保っているはず……なのだが、やはり何だか肌寒い気がする。
　もう少し具体的に述べるならば、誰かと手をつなぎたい。誰かとハグしたいしくっついていたい。誰かとキスをして、肌をこすりあってあたためあって、すりすりはむはむしたい。
　誰かというのは言わずもがな、だが。
「あれ。来てたのかい。いやぁ、今日は何だか冷えるねぇ」
　いささかだらしなく着崩したウォルター・Bを見るに、寒い。冷える、といった表現は必ずしも正しくないようにも思える。
「そうだね。こんにちは、ワット。寒いならあったかい飲み物でも淹れようか？」
「いいねぇ」
　なるほど、と柚春は小さくうなずいた。
　寒いのはどうやら、心であるらしい。

　紅茶を用意してウォルターの自室へ入ると、いつになく散らかっているように見える。彼は手持ちぶさたに頭をかいた。
「朝からどうも、ね」
「落ち着かない？」
「ああ、うん。そんな感じかなぁ」
「寒いというか、何だか寂しいような。誰かにあたためて欲しいような……そんな気がして」
「……もしかして、稲積もかい？」
　肩をすくめ、カップに紅茶を注ぐ。あたためておいたティースプーンに角砂糖を乗せ、おもむろにライターで火をつけた。角砂糖にはコニャックが染み込んでおり、溶かし入れるとアルコールを飛ばしながら馥郁たる香りのみがアールグレイへ移る。ちょっと贅沢なティー・ロワイヤルだ。
　まろやかな甘い飲み口を一つ含むと、胸に小さく火が灯るような感覚を覚えた。しかし、何かが物足りない。
「ねえ。ワット」
「うん？」
　カップを置く、かちゃりと鳴る音がやけに淫靡に思え、柚春の全身を貫くような震えが走り抜ける。
「ワットは、スリルが好きだよね」
「時と場合によるけどねぇ」
「じゃあ、こんなのはどう？」
　安楽椅子に腰かけた彼にまたがる。何だか獲物を追い詰める獣となったような気分だ。柚春は昂揚していた。
「知ってる？　キスって、する場所によって意味があるんだよ」
「へぇ、そうなの？」
「そうだよ。例えば、これは……」
　彼の手を取り、指先に唇を寄せる。
「このキスは、称賛と感謝を伝えるキス。じゃあ、これは？」
　手の甲へ、敬愛のキスを。
「ふふ、これは～？　どんな意味か、分かるかな？」
　手首へのキスは、隠さない実直な愛情を示す。
「さて、どんな意味かな。教えてくれないの？」
「ふふふ。さあ、考えてみて」
　彼に跳ねのけるようなそぶりは見られない。ティー・ロワイヤルが彼をも昂らせているのだろうか。あるいは知らぬうち今日という日に変容をもたらしている、神魂の影響が及んだものだろうか。

　手のひらへ寄せるキスは、懇願。先ほどまでの肌寒さは、どこへ行っただろうか。熱に浮かされるまま、口にする。
「ねえ。ドキドキで、ぽかぽかになること……しよ？」

　メアリ・エヴァンズが絡みあう二人を部屋に発見したのは、それから小一時間も経った頃だ。
「まあ」
　背もたれを倒した安楽椅子に、重なり合うようにして寝入ってしまった二人がいた。少々寝乱れてはいるが要するに、健やかなるお昼寝タイムだ。
「仲のおよろしいことで」
　メアリは微笑ましく笑むと、穏やかな眠りを妨げぬよう気遣いながら毛布をかけてやり、空いたカップをトレイに移し、足音を抑えて部屋を出ていった。
　キスの余韻に心地よく浸り、柚春は夢の中でも彼とキスをかわした。