ボディタッチ日和オブウィンター｜リアクション

ボディタッチ日和オブウィンター

　窓から差し込む日の光に二人、目を細む。容赦なく頬を照り付けていた西日も、このところはずいぶんと勢いを衰えさせた。
「冬ですねぇ。珪先生」
「うん。日が短くなったね」
　綾辻綾花と早川珪は向かい合ってお茶をすする。珪のアパートへ迎え入れられるのも何度目だろうか。借りていた本を返すために出向いたら、せっかく来てくれたのだからといただきもののちょっと良いお茶を振る舞ってくれた。
「あ、それで、これ借りてた本です。ありがとうございました、とっても面白かったです！」
「ほんとかい、良かった。これは綾辻さんが好きそうだって思ってたんだよね」
　手堅い作りの推理物で、新鮮な驚きには欠けるも思わず「そうそう、それでいいんだよ」と言いたくなる安定感ある物語だった。目の覚めるようなどんでん返しや息もつかせぬ展開、誰も思いつかないようなトリックにギミックを求めるのもいいが、近頃は受験勉強に脳のリソースを持っていかれがちだから、程よい塩梅で息抜きに大変助けられた。
「……寒くなってきましたねぇ。珪先生」
「ああ、少しね」
「はい。少し……」
　と他愛のない雑談でお茶を濁す。いささか覚束ない受け答えには理由がある。実はこの時、綾花はのっぴきならない状況に追い込まれつつあった。本当は本を返したらすぐにも帰るつもりだったのが、お茶でもどうだいのひと言でうっかりその決意も瓦解してしまった。
　なぜだか無性に、人恋しいのである。珪の何気ない笑顔にとてつもない吸引力を覚える。近づきたい。抱きしめたい。頬を擦りつけてすりすりしたいし、なんならあの繊細な指をくわえて舐めしゃぶりたいし、もっと直接的に述べてしまえばチュウしたい。
（ま、またこの感じ……！？）
　このいかんともしがたい感覚は、何度か覚えがある。人肌、というか珪にくっつきたくてたまらないのだ。
「あ、あの。珪先生」
「うん？　……どうしたの、震えてるね。そんなに寒いかな、この部屋」
「そうでは、なくて……私」
　思わず上目遣いに彼を覗く。黒い瞳が心配そうに揺れた。
　聡い彼は、すぐにも異変に気付いたようだった。
「もしかして、またあの時の発作……みたいなものかな」
「病気ではないと思うんですけど。そのようなものみたいです……珪先生」
　まっすぐに瞳が繋がれて、逃げようもごまかしようもないと悟って、綾花はついに口に出した。
「先生を、抱き締めても……いいですか……？」

　彼の腕の中に包まれてしばらくじっとしているうち、胸のざわめきはいくぶん収まってきた。脈絡のない人肌恋しさには困ってしまうが、良いこともある。
「どう？　少しは落ち着いた？」
「はい。でも、もうちょっと……」
　ぎゅっと彼を抱きすくめる。力を込めて。インターホンを押す前、手ぐしで前髪を整えたついでに、香水を振りかけておいて良かった。彼が落ち着くと言ってくれた香りだ。
　どきどきが止まらない。相反するようだが、同時に安らぎをも感じる。そのどちらをも与えてくれるのが綾花にとって、珪という存在なのだろう。
「あの」
「うん。何だい」
「珪さんも……抱き締めて、もらえますか」
　生徒と教師の垣根を隔てては難しいお願いだろうと思い、あえて名のみを呼んだ。
　物言わぬままの仕草は、彼の体面を保とうとする意識と、目の前の綾花を放ってはおけまいとする、そのせめぎあいの帰結だろうか。
「あ……」
　彼の全てに包まれる。背に回された手のひらが、優しく背をなぞる。
「珪……さん」
　まぶたを伏せる。珪の心臓の鼓動を直に感じ、乱れがちなリズムに翻弄される。押し潰されそうなほどに包み込む幸福へ綾花は浸り、満ち足りたのだった。