ボディタッチ日和オブウィンター｜リアクション

ボディタッチ日和オブウィンター

　極彩色の夏は遠く過ぎ去った。季節の終わりが近づくにつれ、世界は色を淡く薄めてゆく。寂寥くすぐる風が朝鳥さゆるを薙ぎ、押さえた髪を荒っぽくすいていく。分厚く垂れこめた雲を憂鬱に見上げた。まだ初冬もいいところだが、今にも白雪が空に舞いそうだ。そういえば外気もいやに冷たい気がする。
　何だかやきもきした気分の浮つきは、天候不順のためだろうか？　渇く。身体が、心が何かを渇望していた。曇天の重苦しさに息が詰まりそうだ。
　といってさゆるは、己が何を欲するものかには容易に理解が及んだ。近頃の自分はそればかりを欲しがっているから。

　タイトな制服がやけに窮屈に思えた。押し潰されるような焦燥感に急かされて、さゆるは自然、足早となった。

　扉を開くと姫木じゅんの笑みが出迎えたが、さゆるは呆けたように動きを止めた。彼女が在宅とは思わなかった。
「仕事は？」
「あれ。出る前に言ったじゃない、今日はシフト交換でお休み！　聞いてなかった？」
「ごめん、聞いてなかった……」
　言われてみれば出がけに何か、声をかけられたようにも思う。しかし朝のさゆるは概ね低血圧に難儀しているし、それに昨夜はいつもよりいくらか激しかった。じゅんの求めに際限なく応じた余韻に浸り、寝不足にぼやけた頭で応対したものだから、聞き逃していたらしい。
「ま、しょうがないよ。それより、出席日数ギリギリなんでしょ？　大丈夫なの？」
「なんとかね……」
「頼りないなあ。高校くらいは卒業しときなさいよー」
　幼い外見と裏腹に、じゅんの人生経験は潤沢のひと言に尽きる。さゆるより一回り年上だし、水商売を通じて多様な人格と接してきた彼女は恋人として甘い対等を演じながら、姉のように叱咤し労う懐深く寛容な面も持ち合わせていた。
　それが心地よい。だからさゆるは、縋りたくなる。
　よく手入れされた彼女の爪が目に入る。彼女の客である年かさの上品ぶった男たちなどが表するなら白魚のような指が、滑らかな動きでスナック菓子を小さな口へ運んでいる。見入っているのは最近ＷＥＢ連載からアニメ化を果たした、このところのじゅんのお気に入り作品で、何度目かのリピートだからか視聴スタイルはリラックスの極みといったところだ。
「じゅん……」
「んー？」
　その指の動きに、さゆるは目を奪われた。
　制服を脱ぎ捨て、じゅんの横へ腰を落としすり寄った。手を取り、指を繋ぐ……なるほど、白魚のような。
「ん？　どしたの、さゆる？」
「じゅんの指って……綺麗ね。美味しそう……」
　はあ？　と漏らしてじゅんは怪訝そうに首を傾けた。
　その指へ舌を這わせる。水音を立てて舐め、くわえ、爪先から指の間までも。
「さ……さゆる！」
　垂れ流しとなったアニメにはもはや目もくれず、じゅんもまた恋人の指を無心に舐めねぶる。さゆるの指もじゅんに引けを取らぬ白さ、たおやかさであったから。
　昂れば抗わず、互いを抱きすくめてはもどかしく焦れ、首筋に胸元にと痕跡を残し、恋人の全てを身の内に収めんと隅々にまで唇を這わせる。
　みだりがましい水音は絶えない。
「さゆる。さゆる……」
「じゅん……！」
　求めるがままに求め合う。事ここに至り、ようやくにして二人は唇を重ねる。
　しかし、深みにはまり込む前にじゅんがさゆるの肩を押し、荒く息をつき肌を上気させながらも言った。
「……続きは、また夜に。ね」
　気づけばアニメの再生も止まり、日の光もすっかり傾いていた。さゆるの腹がくう、と主張し、思わず顔を見あわせ噴き出した。
　そろそろ夕食だ。今夜はカレーだ。
「え、今夜はカレーなの？」
「あなたの可憐で美しくて愛らしい恋人は、カレーが食べたいらしいわよ」
「自分で良く言うわね……はいはい。作るから待っていて」
「やったね♪」
　夜半にでも、そのあどけない顔をどうやって快楽に歪めてやろうかと想像し、さゆるの胸は高鳴った。

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