秋めくボディタッチ日和｜リアクション

秋めくボディタッチ日和

　ある日の放課後。
　綾辻綾花は３年目のベテラン図書委員として、図書室で当番業務にあたっていた。
　秋と言えば読書の秋。
　ほかの季節より、心なしか貸出の量も増えている。
「ええと、９１３の『も』の１……」
　本の背表紙に貼られたラベルを見ながら本を棚に戻してカウンターに戻ってくると、パソコンの前に座っていた司書教諭の早川珪先生の笑顔に出迎えられる。
「お疲れさま」
「先生もお疲れ様です……」
　会釈をしながら先生の隣の席に腰かけると、どくんと唐突な衝動が湧き上がってきた。
（先生に、触れたい）
　これ貸してください、と本を持った利用者が数名、カウンターの周りにたむろっている。
（だめ。まだ利用者がいるから我慢しなくちゃ）
　そう思って自分を抑えるが、だんだん苦しくなってくる。
　利用者が途切れた拍子に、綾花の辛抱の糸も切れ、思わず先生の手を握ってしまう。
（あっ、先生の手、冷たい）
　感触にホッとするのと同時に我に返って、
「すみませんっ」
　と小声で謝り手を引っ込める。
「え、ああ、うん」
　先生はきょとんと目を丸くしたが、とくに嫌がる感じではなかったので胸をなでおろす。
（母の日も同じようなことがあったような記憶が……）
　今この瞬間に胸のうちに宿る、猛烈に触れたい、というパッションは、母の日に感じた猛烈に甘えたい衝動に似ている。あのときは本を読んでもらって触れて心地よくてうとうとしたのだった。
（きっと、いつものあれ。神魂のいたずら）
　自覚しつつ、つい、本を渡す時に手に触れたり、名前を呼ぶ時に腕に触れたりしてしまう。
　自制心を上回る衝動なのだ。
　利用者が居る時は我慢できたが、図書室の利用時間が終わったあと二人きりになったらもうだめだった。
「珪先生」
　綾花は上ずった声で名を呼び、先生の手を握っていた。
「抱きしめても良いですか」
　図書室には二人きりです。
　我慢しなくても良いですよね？
　祈るように珪先生の顔を見上げる。
「良い、とは言い難いけれど……何か、事情がありそうだね」
　あります、と頷く。
　先生に触れたくて仕方がないという事情が。
「じゃあ僕はこうしている。何も見ていないから」
　珪先生はカーテンを引き人目を遮ると、目を閉じてその場に立ち尽くした。
　その気遣いに甘えて、綾花は両手を先生の腰に腕を回してぎゅっと抱きつく。
　先生の体は温かい。触れているといままでの苦しさがなくなってゆくのを感じる。
　代わりに湧き上がってくるのは、嬉しくてホッとして幸せな気持ちだ。
「あの、もう少しだけこのまま……」
　珪先生はすこし戸惑ったように手の行き先を探していた。学内で生徒を抱きしめ返すことはさすがに躊躇い、最終的に綾花の肩に手を添える。
　どきどき、どきどき。
　体の中で、鼓動が早くなるのが心地よい。
　綾花は珪先生の心の臓のあたりに耳を当てた。先生の鼓動を感じたくて。
　どきどき、どきどき。
　同じ速さの音がする。
　……綾花はうっとりと目を閉じた。

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