【映画な夜】

　寝子高お泊り会、最初のイベントは映画鑑賞会です。
　体育館のプロジェクタースクリーンで上映されるのは、『ゴアラＶＳゴング』！　地上最大の決戦、最強対最強、モンスター・ユニバースの頂点を決する世紀の一戦！　近年のニャリウッド版ゴアラ映画としては破格の興行成績を記録した、怪獣映画として外せない鉄板、名作です。
　会場にはすでに、上映開始を心待ちにする参加者がぞくぞくと詰めかけております。多くはきらきらと目を輝かせる子どもたちと、付き添いのお母さんお父さん。中には佐藤 英二と、わくわくを隠せない野々 ののこの姿もありました。


「この映画、前にいっしょに見たよねぇ」
「うんうん！　面白かったよねー」
　そう、ふたりは実のところ鑑賞済み。劇場の大スクリーンで、大迫力で大スペクタクルを堪能しました。あの興奮といったらもう！
　二回目の鑑賞だって、そんな名作が色褪せるはずもありません。
「むしろ新しい発見があったりして、これがイイんだよねえ」
　腕組みしてうむっ、と映画評論家よろしく述べたののこに、英二も同意します。いいものは何回見たっていいのです。
　ビビーっとブザーが鳴り暗幕が開かれていくと、子どもたちからふおおっと期待まじりの歓声が漏れました。
「わくわく。わくわく」
　と口にしたわけではありませんけれど、少なくともののこのお顔は周りの子どもたちに負けないくらい、きらっきらです。
　上映開始！
「いけっ、ゴアラー！」
「ゴングも負けるなー！」
　激突する二大巨頭！　それを取り巻き展開される人間たちのドラマ、進行する暗い目論見。急襲するラスボス、その圧倒的パワー！
「ああっ、やばいよゴアラ！　避けて避けて！」
「ここは協力だよゴング、チームワーク！」
「やったーーー！　ゴアラがやったよ、英二くんー！！」
　なんて二度目のはずなのに、大盛り上がり！　映画館と違って声出しもＯＫ。わいわいと楽しんだふたりでした。



「ほう。映画、ってやつか」
　まるでこれから人、斬りにいきます。てな顔で目をぎらつかせながら、梓 時治郎は言いました。江戸の末期、幕末を生きた『人喰い時治郎』さんですから、現代日本にふさわしい温厚な面持ちなんてものには少々、疎いのです。
　映画を見るのも初めてですし。
「学校でお泊り会とは、いやはや、人みたいだねぇ」
　猫又、三毛谷 道哉は対照的に、のほほ～ん。すっかり寝子島に馴染んでおりますし、慣れたものです。
「旦那。学校てえのはつまり、でけえ寺子屋みてえなもんかい」
「そのようなものさ。人の子はここで学問やら、世の生き方を学ぶのさ」
　本日のイベント、一般向けに広く参加者を募集しましたところ、おふたりのようなあやかしからも多く手が上がりまして。そのへんの事情に聡く、実に物分かりのよいととお理事長ですから、オールオッケー！　してしまったおかげで、校内には妖怪幽霊付喪神、あやかしたちもずらずらりと訪れたのでした。もちろん一般の人々に正体はバレないよう気を付けた上で、ですけれど。
「あ、みちちかくん！　ときじろうくん！　いらっしゃ～い！」
「やあきなこ。せっかくの機会だ、寄らせてもらったよ。これ、お土産のきなこもち」
「わあ、うれしいな♪」
　出迎えた餅々 きなこが取り仕切るのは、そうしたあやかし向けの霊界製映画の上映会だそう。
「たのしんでいってね～」
「おう。ありがとな、嬢ちゃん」
　嬢ちゃんとは言ったものの、相手は霊界の生き字引、寝子島の幽霊たちの顔役でして。ちょっと気安かったか……と時治郎は神妙な顔を浮かべましたけれど、まあ彼女はあの調子ですし、気にすることもないでしょう。
　あやかし向け上映会は、体育館に併設される武道場で行われるそうで、さっそく入ってみますと、そこには妖怪、幽霊、付喪神、妖怪、妖怪、付喪神、幽霊幽霊。あやかしだらけ！　なかにはよく分かってないまま混ざり込んだひとやらもれいびもおりますけれど。
「剛毅な人間がいるもんだねぇ」
　あやかしにも不思議な光景を楽しむうち、さっそく映画が始まりました。
　上映作品は、『ミャミャミャの魔太郎　七大あやかし総進撃』！　……な～んか聞いたことあるような、ないような？
「こいつはすごいな。壁いっぱいの絵が動くってのは、なかなかの迫力だぜ」
　映画初体験な時治郎、まずはお気に召した様子。いかついお顔にどこか子どものような純粋さが見えました。
「おっ、七大あやかしってやつには、侍の幽霊と猫又がいるのか。俺と旦那みたいじゃねえか」
「ははは、そうだねぇ」
　霊界の各方面から選りすぐられたツワモノたち。化け狸の重蔵に狐の錬吉。侍幽霊の甚五郎、猫又のお琴。さすまたの付喪神、三太。ろくろ首の萩尾太夫。そして彼らを束ねる総大将、ぬらりひょん。総じて七大あやかしと呼ばれ、主人公のあやかしと人間のハーフである魔太郎は彼らと時に反目し、時に協力しながら、強大な悪のあやかしへと立ち向かってゆくのでした。
「いいぞ猫又！　いけサムライ！　やっちまえ！　がんばれ……！」
　時治郎はすっかり夢中。道哉も苦笑いしつつ、
「気にいったようだねぇ。今度、ろーかる映画を取り扱う場所に行ってみるかい。寝子島映画村といったかな。撮影現場に立ち会えれば、時治郎なら大立ち回りができるかもしれないな」
「おう、そいつは面白そうだ。しかし俳優か、俺みたいな無骨者にやれるかねぇ」
　と、映画話も弾みました。



　勢い込んで臨んだお仕事ですけれど、保健委員はこれが案外、ヒマでした。保健室を訪れたのはひとりかふたりくらいのものです。
「なんだか拍子抜けですね……」
　莉鳥がつぶやくと、麗美先生は明るく笑います。
「何事もないほうがいいじゃない？　今は手が足りてるし、私もいるし。映画でも見てきたら？」
　とのことで、気分転換も兼ね、ありがたく映画鑑賞に向かうことにしました。
　後輩たちは体育館の『ゴアラ』へ向かいましたけれど、莉鳥は視聴覚室へ。扉を開くと、ちょうど映画が始まるところです。
（『レ・ミゼニャブル』。これが見たかった、というわけではないけれど）
　大人たちに混じり、椅子に腰かけます。
　レ・ミゼニャブルは、波乱の人生を送ったニャン・バルニャンの生涯を描くミュージカル映画。家族のため、ひとかけのパンを盗んだことで２０年近くもの間投獄され、行く先々で苦境を味わってきたバルニャン。流浪のさなかに訪れた教会で、あたたかくもてなされたにも関わらず、彼は銀の食器を盗み出してしまいます。しかし彼を捕らえた憲兵へ、教会の司教は「銀の皿は彼に与えたものだ」と証言し、彼を赦します。投獄生活でねじくれたバルニャンの心は、司教の愛によって少しずつ解きほぐされていき、やがて彼の人生にも大きな転機を呼び込むのでした。
（暇つぶしのつもりだったのに）
　重厚かつ繊細なストーリーに、それらを反映して役者たちの歌い上げる力強い声。気が付くと莉鳥はすっかり、引き込まれておりました。
（結構、見せるじゃない？）
　エンドロールが流れるまで、退屈することはありませんでした。