ひねもすのたり、雲の切れ間に｜リアクション

ひねもすのたり、雲の切れ間に

　５人がそれぞれの弁当を広げた机の上は、ちょっとしたパーティ状態である。
「うわあ、なんだか凄いことになっちゃったぞ」
　色とりどりのおかずを前に、武道が呟いた。
「本当に、皆なかなか豪勢じゃないか。サンドイッチしか作ってこなかった俺が申し訳なくなるくらいだ」
「ぜんぜん問題無いのだ。みんなで分け合うことが重要なのだ！」
「それじゃあ私も遠慮なく頂くことにするよ。良かったら私のもつまんでちょうだい」
　そう言って月詠は真央と翡翠の弁当から、タコの形に切ってあるソーセージを口に入れた。定番である。
「うん、美味しい」
「そりゃあ真央と私が丹精込めて作ったお弁当だもんねー」
「武道ちゃんセンパイにはこっちのをオススメするのだ！」
　真央が差し出した弁当箱は月詠が手を出したものとおかずの種類は変わらない。しかし決定的に異なるのは、その中身のすべてが真っ赤に染まっていることだった。
「う、後木、なんだそれは。目に染みるんだが」
　自分の掌にキャットフードを乗せて、パトラに餌をやっていた修がひきつった顔をした。
「うおおおすげえ！　こりゃー美味そうだぜ！」
　目をしょぼしょぼさせて狼狽える修に対して、武道は興奮気味に箸を伸ばした。
　それは他に比べて辛い食べ物が大好きな武道専用、地獄の１００倍弁当である。
「辛い！　美味い！　いやーわざわざありがとな！」
　武道は余程気に入ったのか喜色満面で次々と平らげていく。
「そーだ、俺の作ったのも食べてくれよな。俺特製明太卵焼き！　味付けはお察しの通り俺仕様だから、少し辛いかもしんねーけどな」
　彼が差し出した卵焼きは、１００倍弁当のように見た目が強烈な訳ではない。目に染みるような臭気も無い。
「じゃ、じゃあいただきまーす……」
「真央ちゃんもいただくのだー」
「……俺も」
　１００倍弁当に比べるとインパクトが薄いからか、修も恐る恐る箸を伸ばした。
　３人が卵焼きを口に入れるのを眺めながら、月詠はひとり冷静に水筒の中身をコップに３人分注いでいた。
　その直後。
　卵焼きを食べた３人が一斉に口を押さえた。
　涙目で、こめかみに冷や汗を浮かべて口も利けない様子だ。
「はいどうぞ」
　月詠はあらかじめ紙コップに注いでおいたものを３人に手渡した。
「ひゃりがひょーひゃにょだ……」
「……ひょうも」
「ひょういがいいにゃ、ひゃびがらひゅ……」
　舌がしびれるほどの辛さだったのだろう。
　月詠に感謝の意を表してはいるのだろうが、３人とも呂律が回らず何を言っているのかまるで分からない。
　３人は紙コップの中身を一気に呷った。
　すると再び３人の顔色が変わる。
「げほっ、こっ、これはなんなんだ旅鴉……？」
　ようやく呂律が回復した修がせき込みながら尋ねた。
「何って、杏仁豆腐」
　しれっと答える月詠。
「何故そんなものを俺達に渡したんだ」
「追い打……いや、君達が大変そうだから私も咄嗟に出したら杏仁豆腐だっただけだよ。お茶が入っている方の水筒と間違えたんだ」
「月詠ちゃん今追い打ちって言いかけたのだ……？」
　真央は信じられないものを見るような目を月詠に向ける。
「ふふ……まさか。それで御感想はいかがかな」
「辛さと甘さが口の中で混ざって……飲む込むのがつらいよ……。混ざってるはずなのに両方とも同時に感じて、段々混乱してきた」
　翡翠は気持ち悪そうに口元を押さえながら呟いた。
「そうだ、まさにこれは味の超電導だ……」
　修が付け加える。
「修も混乱してるみたいだね。比喩にキレが無い」
　そう言って月詠は３人の反応に満足げな顔で頷いた。
「ん？　どうしたんだお前ら、もう食わねーんなら俺が平らげちまうぞー？」
　そんな騒ぎも意に介さず、ただ武道だけが元気に食べ続けているのだった。

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