今夜、なにする？｜リアクション

今夜、なにする？

●大人まであと少しの夜

　１２月を目前にしたこの季節。
　高校三年生にとっては、それぞれの人生の岐路を目前に、日々について想い馳せることも多くなる時期だ。
　同じ年齢でありながら、ある人は春から社会人として仕事をはじめ、またある人は学生としてもうしばし学びの時間を謳歌し、あるいはそのどちらの選択でもない人もいる。
　日本では義務教育中の留年の制度がなく、高校でもよほどのことがない限りは進級できるので、同じ年に生まれた人はほぼ横並びに人生を進んで行く。だからだろうか。１８歳にして、人それぞれ道が分かれることに、こんなにも感慨を抱くのは。

　八神修も例にもれず、であった。
　高校三年生。高校生でいられる時間はあと数か月しかない。
　各大学の受験が始まる三学期になれば、学校は自由登校になる。
　だから実質、あと１か月ちょっと、と言えなくもない。
　修自身は、大学進学を希望している。高校生活全般を通して学ぶことに並みならぬ情熱で取り組んで来た彼にとって、受験のために特別なラストスパートは必要なかった。志望校のランクは高いが、模試でもかなりの高ランクを維持し続けている。今まで通りのことをコツコツと続け、いつも通り受験当日に望めば問題ないだろう。それよりも、彼が気になることは、七夜あおいとの学生生活がもう少しで終わりを告げてしまうということだった。
　あおいは九州の福祉系専門学校を志望している。学費が免除になったり寮があったりと、兄弟の多いあおいにとって魅力的な条件がそろっていて、しかもあおいが志望する方向の勉強ができるのだという。推薦入試の願書を出したあおいは、先日、九州まで受験をしに行った。そして今日は、その合格発表の日のはずであった。
（あおいなら大丈夫だと思うけれど……）
　今日は学校であおいと出会えなかった。合格発表だから学校を休んだのかもしれない。
　家に帰ってきて自宅で勉強しながらも、修は気が気ではない。
　受かったら離れ離れになる……。
　けれどもちろん、受かってほしい……。
　修はそっと引き出しを開けた。
　

――『大切な人の願いが叶いますように』――

　七夕の日、あおいとふたりで同じ願いを短冊に書いて、笹に結わえた。あの日の写真だ。
　この写真を見ると、あのとき感じた温かさが胸に蘇って、勇気を貰える。
（あおいの願いが叶いますように――）
　写真に祈りをささげたそのとき、スマホが鳴った。

◇

「あおい！」
　修が駆けつけたとき、あおいは夜の星ヶ丘駅が放つ光の中に神妙な顔で佇んでいた。
「どうしたんだ、急に呼び出して」
「うん。やっぱり、修君には電話じゃなくて直接、と思って」
　修はごくりと生唾を飲み込む。あおいが俯いているからだ。
（まさか、ダメだったのか？　いや、そんな……）
　ぐるぐると渦巻く感情を抑えて、あおいを見つめる。
　するとあおいは、突如破顔して、修を見上げた。
「合格したよ！」
「合格……！　おめでとう、あおい！　表情が暗いからてっきり……」
「えへへ～。お約束でしょ？」
「だまされかけたよ。でも本当に、良かった」
「修くんのおかげでもあるんだよ。いっぱい勉強見てくれてありがとう」
　聞けば、あおいは今日は実家に帰って、家族と合格発表を確認したのだという。それから学校に行って報告をし、さまざまな手続きをし、とバタバタだったそうだ。それで夜になってしまったが、修にはずっとお世話になってきたのだから報告しなければ、と連絡をしてくれたのだという。
「次は修くんの番だね」
　あおいは、軽くなった笑顔を修に向ける。
「そうだな。頑張るよ」
「応援してるよ。七夕の日、願った気持ち、まだ続行中だから」
　頑張る。頑張れる。
　空を見上げる。
　大人まであと少しの夜。星が空いっぱいに瞬いている。

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