今夜、なにする？｜リアクション

今夜、なにする？

●星空を見上げる暇なんてない

　夜。
　神奈川県寝子島警察署刑事課、巡査部長である水槻清恋はコインランドリーにいた。
　正確には、煌々と灯りのついたコインランドリーの店内が見える路地に車を停め、車内からコインランドリー内を見張っているのである。
　コインランドリーは今は無人だが、車は出来るだけ暗い場所に停め、目立たないように気を付けた。
　煙草を咥え、ハンドルに凭れて時をつぶしていると、ふいに助手席のドアが開いた。
「水槻さん」
　本日の相棒である若い刑事が助手席に滑り込んでくる。
「どうですか」
「まだ動きはないわ」
「そうですか。今のうちに腹ごしらえしときませんか」
　そう言って若い刑事は、コンビニの袋に入ったアンパンと野菜ジュースを差し出す。
　清恋は受け取りながら、ちょっとだけ文句を言った。
「ホットコーヒーが良かったな」
「すいません、栄養重視の方がいいかと思って」
「ううん。ありがとう。ほんと、この仕事って、栄養偏るわよね」
　『これ一品で一日分の野菜がとれる』という触れ込みの紙パックの野菜ジュースにストローを突き刺し、一気に喉に流し込む。アンパンは、袋に大きく『３２３キロカロリー』と書かれていた。皆そこが気になるのだろうか。風情がない気もするが、実を言うと自分も気になる。世知辛い世の中だ。
　視線をコインランドリーに向けたままの食事は、はっきりいって食事ではない。機械的な栄養補給だ。
　いっそ車から充電できたらどんなに楽だろう、なんて、妄想を膨らませていたそのとき、コインランドリーの前にひとりの男が現れた。
「来た」
　あと三口ほどのアンパンをコンビニ袋に突っ込み、自分の意識にスイッチを入れる。
　助手席の刑事も同様だ。目つきが変わり、いつでも飛び出せるようドアを少し開けている。
　対象の男は５０代。無精ひげで、縒れたスウェットと黒いサンダル。だらしない恰好である。
　左右を軽く一瞥し、無人のコインランドリーに入っていく男。
　コインランドリーの客は一般的に、洗濯と乾燥が終わるまでの１時間前後、その場を離れて時間をつぶす。今夜もそうで、人はいないが丸窓のついた細長い機械のいくつかは、洗濯物を入れて回っている。
　その中の一台は、乾燥が終わってもしばらくそのままになっていた。
　男は停止した１台の前に立つと、ちら、と一度振り返ってから機械の丸蓋を、
「！　開けたわ！」
「行きましょう」
　清恋と同僚は車から飛び出す。
　男はまだ清恋たちに気づかず、洗濯物を取り出している。
　コインランドリーの自動ドアが開き、清恋と同僚が中に入る。
　男、一度振り返るも、堂々とした顔で洗濯物を扱っている。

「警察よ。洗濯物から手を放しなさい！」

　清恋は、警察手帳を掲げて声をかける。
　同僚は出口の前を固めている。
　男はぎょっとした顔になり黒の女性ものの下着をパッと後ろ手に隠したようだった。
　だが、こんな時の言い訳は、日ごろからシミュレーションしていたのだろう。
「え、なんですか。自分の洗濯物取りにきただけですけど」
　などと言ってのける。
　清恋は動じずに男に近づいて行った。
「ここの管理者から警察に通報があったのよ。このところ洗濯物の中から女ものの下着ばかり盗んでいく不届き者がいて困っている、って」
「だ、だからこれは自分のだって！」
「悪いわね、その洗濯物は、」
　清恋は男の懐に飛び込むと、腕をぐっと掴んで、
「私のよっ！」
　背負い投げで投げ飛ばした！

◇

　赤色灯をつけ、サイレンを鳴らして、パトカーが集まってくる。
　いわゆるおとり捜査に引っかかった下着ドロは御用となり、制服警官に連れられてパトカーに押し込まれる。
「お疲れ様でした、水槻さん！　見事な背負い投げでしたね！」
　同僚は仕事が片付いて嬉しそうだ。
「ありがとう。でもこのあと取り調べかー……まだまだ帰れそうにないわね」
「ですね。署に戻りますか」
　清恋は同僚とともに車に乗り込んだ。
　どうやら今夜も星空を見上げる暇はなさそうだ。

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