つっかけひとつで走ってきたのだ。息が切れるのも無理はない。
「ちょっと……」
肩をはずませ眉をつり上げ、左右の腰に拳をあてて不機嫌を、まったく隠す気のない
七夜 あおいだ。
「まさかホントだったなんて!?」
いやあ、と少年は笑った。
「びっくりさせようと思ってさ」
「びっくりしたよ! びっくりしすぎたよ! こういうサプライズいらないから!」
細身の少年だ。オーバーサイズのパーカーにスタジャンを重ね、大きなボストンバッグを下げている。
「それにしてもいきなり来るなんて……」
前もって言ってよねとあおいは言う。
『いまねこでんに乗ってる。シーサイドタウン駅に迎えに来てよ』なるメールを唐突に受け取ったばかりなのだ。
「下見だよ下見。俺、寝子高受けるし」
合格(うか)ったらねえちゃんと入れ替わりになるね、と笑う少年は
七夜 ソラといい、あおいのすぐ下の弟だ。現在中学三年生、進路の第一志望は寝子島高校だという。
「あとついでに寝子島名物のハロウィン☆デイズを見物してこうと思って。この土日が一番盛り上がるっていうじゃん? 夜の部が楽しみだよなあ。ねえちゃん案内してよ」
本人は『ついでに』と言っているが、あきらかにハロウィンのほうに重点がおかれているようだ。
「何言ってるの!」
ねえちゃんの声のトーンがふたたび高くなった。ツインテールの左右が鷲の翼みたいに羽ばたきそうな勢いで、
「私明日専門学校の受験だよ! ていうか
今から九州行くの!」
「え……?」
「あと一時間もしないうちに出発だから。一泊二日、明日もいません!」
ソラはのけぞった。
「俺ハロウィン楽しみに来たのにー。っていうかねえちゃんとこ泊まるつもりで着替えも持ってきたのにさあ……」
ああもう――あおいは頭を抱えたい気分だった。なんというでたらめさか。
「ちょっとは考えて行動しなさいよ。私女子寮だし同室に文緒ちゃん(
篁 文緒)もいるんだから男の子泊められるわけないでしょう。来るなら来るで事前に私の予定くらい聞いてよね!」
「そういやそうかあ」
言われてはじめて気づいたと、ソラの表情が物語っていた。
「どうせ親には何も言わないで来たんでしょ」
「正解っ」
肺活量でも測定するがごとく壮大なため息をあおいはついた。けれども予想通りの回答ではあった。そも、親に言っていたら自分が今日から九州入りすることくらい知っているはずだから。
「後ででいいからちゃんと電話しなさい。お母さんには私からも連絡入れとくから」
まあ来てしまったものは仕方がなかろう。
「今日は寝子高見てハロウィンちょっと見て、電車があるうちに帰んなさい。私も案内できなくて残念だけど、ソラだってもうじき十五になるんだし、なんとかできるでしょ?」
「はーい」
やれやれ世話が焼けるとあおいは言って、
「それはそうと」
つくづくと弟を眺めた。
「……ソラ、髪の毛伸びたね」
「へへ、わかる?」
「わかるよそりゃ、ねえちゃんだもん」
中学で野球部だったソラは、強制でもないのに自発的に丸刈りにしていたのだった。夏に引退して以来ちゃくちゃくと増量中のようだ。
「で、どう? 似合ってる?」
ソラの笑顔は姉とそっくりだ。
「なーに色気づいてんだか」
「モテそう?」
さあねーと言ってあおいは、すっかり背の伸びた弟に腕組みしてみせるのである。
「大事なのはルックスより中身! 無計画で危なっかしい間はまだまだね」
「そりゃないよ~」
おどけた声を出しつつも、内心ひやりとしたソラだった。
夜のパレードをじっくり見物して場合によっては参加して、北関東まで日帰りするのはちょっと無理な相談だ。それに、明日の日曜だって仮装コンテストがあるというではないか。姉には秘密だが、さっさと帰る気なんてソラには毛頭なかったのだ。
ただ問題は、どうやって宿を確保するかだとソラは考える。
ねえちゃんの友達の家にでも泊めてもらおうか……でも、ねえちゃんに知られずにどうやってその友達と知り合えばいいだろ……いっそのこと野宿でもいいかー。
つまり、まったくもって無計画そのものだったのである。
さすがねえちゃん、よく俺の考え見抜いたなあ。自分では気づいてないみたいだけど。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
いささか大ぶりの駅員帽子、赤と黄色のラインが中央に走るクラシックなデザインだがエンブレムはしゃれこうべだ。もちろん服も駅員のそれ、ふた昔は前の国営鉄道風だった。三つ編みしたグレーの髪に、ところどころリボンのアクセントを飾っている。
見た目は六歳くらいだが
餅々 きなこは本職の駅員、それも管理職たる駅長なのだ。ただし寝子島電鉄
霊界線の。
ストレートに言ってしまえば幽霊列車のおばけ駅長だ。その証拠にきなこは腰から下が、いささかにょろにょろしているのである。したがってきなこが人前に姿をあらわすことは滅多にない。あっても基本そのままの姿でとはいかない。素の状態で目撃されたら、結果はたいてい悲鳴をともなう。
そんなきなこであっても堂々と世に出て街を闊歩できるほとんど唯一の機会、それが寝子島ハロウィン☆デイズの期間だった。なぜってこの時期この島は、全島民がそうではないかという勢いで思い思いの仮装に身を包み、通りも店も役所までも、アニメキャラに歴史上の人物にそしておばけにみちあふれているからだ。
もちろん大半が猫耳カチューシャをつけただけというレベルのイージーなコスプレだが、なかには本物かとみまがうほどの剛の者もいる。メイクアップや立体化の技術向上もとどまるところ知らずで、映画や特撮ドラマのスタッフが技術修練の場にしているケースもあるという。だからいまこの島で、下半身がにょろっている駅員さんを見たからといっていちいち驚く人はいない。
近ごろの寝子島では霊界と人間界の境界はあいまいになってるため、今年のハロウィンにはすでに、大量の霊界住人が撮影会にまぎれこんでいたり、飲食店で季節限定のメニューに舌鼓を打っていたりもする。ふだんは見える人にしか見えない彼らも、特別な時期のクライマックスが近いからか、たいていの人間の目にも映っているようだ。
夕方、暮れゆく大通りには徐々に人が増えつつある。警備や誘導役の警官が増えロープが張られ、『順路』と書かれたプラカードがもちあがっていた。
「なんとも楽しそうだね」
きなこの背後から声がかかった。山高帽子に黒の丹前、あやかし界屈指の伊達男
三毛谷 道哉だった。今日は猫耳ものぞかせて、二股の尾もぷらぷらさせている。隠す必要などまるでないからだ。
「みちちかくん!」
ちょうどいいところに、ときなこは声を上げた。
「ね、いっしょにさんかしない?」
「ぱれーどかい?」
「うん」
今年のパレードは日暮れとともに開始になる。カボチャのランタンを提げつつシーサイドタウンから海浜公園を経由して星ヶ丘へ、百鬼夜行さながらに歌い踊り山車に乗り、飛び入り自由途中脱落も自由な行進をくりひろげるのだ。
「とちゅうのおみせであいことばをいうと、おかしがもらえたりするんだよ」
「うん知ってるよ。『とぅー・びー・おあ・のっと・とぅー・びー』だったね?」
「ちがうよそれは『はむれっと』だよ!」
「おっとこれは失敬」
悠然と道哉は笑って、
「冗談冗談、実際は『とりっく・おあ……』」
と言いかけたが怪訝な顔をした。
「待て待て、彼女はいささか、とりっくが過ぎないかい?」
「かのじょ?」
ほら、と道哉が帽子のつばをあげ眼で示した方角には、空気人形の巨大ジャック・オー・ランタンがいる。それは驚くに当たらないが、驚くべきはその頭に座っている少女だ。ジャックは四階建てビルほどの高さ、風に吹かれオレンジ色の頭部はふらふら揺れているも、少女はまったく動じる様子がない。
人間年齢なら十代半ばといったあたりか。白いワンピースに毛糸のカーディガンをあわせている。そろそろ晩秋ということを考えれば寒そうなルックだが、目を惹くポイントはそこではない。
髪だ。透明感のある翠玉(エメラルド)色の髪、風と逆方向にたなびいているところも不思議だった。道哉は直感的に、彼女がただの人間ではないとわかった。
私たちと同じあやかし……ではないのかもしれないね……?
一口にあやかしといっても地縛霊から付喪神、妖怪の眷族まで含めるため千差万別、受ける印象もまたさまざまゆえ、早急な判断はするべきではないだろう。
だが緑の髪の少女はどこかちがうのだ。強いて言えば匂いか。寝子島土着の霊や妖怪ではないというだけのことか。それとも……?
道哉は落ち着かない。
それはきっと少女が、鋭い眼差しで群衆を見おろしていたからではないか。
まるで、親の仇でもそこに見つけたかのように。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
シーサイドタウンの喧噪から離れること遠く、ここはきらめく海の上、ヨットハーバー『イソラ・ガレッジャンテ』。今宵この場で行われるのは、秘密めいた仮面舞踏会だ。
スタート時刻は午後七時、今年のテーマはずばり『出会い』、街コンならぬ海上コンにして仮面コンというわけだ。したがって参加はシングル男女のみで十八歳以上限定、しかも仮装または仮面が必須で、顔が隠れない人はもれなくベネチアンマスク(目の辺りだけの仮面)を渡され着用を求められるという徹底ぶりだ。すなわち顔を見ぬまま知り合って、人となりを知り合うところからはじめようという主旨なのだ。
いくらかでも盛り上がれば素顔公開OKの突堤、通称『告白岬』にて互いの仮面を取り去る。このとき仮面を戻せばNOの合図、仮面を取ったまま会場を出ればYESというわけだ。ともにYESなら連れだって街の灯を目指すもよし、海浜公園やパレードに加わるも自由ということになる。
「いやあ楽しみですねぇ、楽しみですねぇ、合コン合コン楽しいなぁ~」
若杉 勇人は
五十嵐 尚輝の肩をパンパンと叩く。案外気が小さいんですよ僕、と言って勇人は来場前に、すでにストロング酎ハイ一缶をほぼ一気飲みであけてきたらしい。
「楽しみですよね!? 五十風先生!」
「は、はぃ……」
僕はそれほど楽しみじゃないです、とは言い出せない尚輝なのだった。先週末「我ら『寝子高男子教師モテない連』で繰り出しましょう!」などと勇人に誘われ、強引に参加させられてしまったのだ。
なお『モテない連』などという名称は、
ウォルター・Bにも
桐島 義弘にも
早川 珪にも逃げられたためヤケクソでつけたものらしい。ウォルターはあいまいな回答をつづけてさらりと回避し、義弘は「その日は所用があります」と即答してとりつく島も与えず、珪は呼びかけようとしたら気配を察したのかいつの間にか姿を消していたそうだ。『モテない連』第三のメンバーとして勇人が目を付けていた
浅井 幸太は、合コンと聞いた瞬間真っ赤になって水から上がった犬みたいに激しく首を振ったそうだ。
「ところで五十風先生、先生のお友達のあの美人さん、来てるでしょうかね!? 来てたらいいなぁ」
今道さん(
今道 芽衣子)のことかな、と尚輝にもわかった。
「き……来てないと思います……」
尚輝も勇人も知らないだけで、実は芽衣子は会場にいたりする。
仮装といっても思いつかなかったからいつもの白衣に袖を通し、怪傑ゾロみたいなマスクをつけさせられて尚輝はおずおずと会場に立ち入る。
弱りました……合コンなんて言ったって……。
知らない女性に話しかけるなんておっかないではないか。気のせいか後方から視線を感じるのも落ち着かない。
不幸にして尚輝の予感は的中していた。彼の後方五十メートルの位置、そこには、
「あのボサボサ頭、あの猫背……まちがいない!」
キャットスーツに身を包み髪をほどいてロングにした女怪盗……ならぬ
相原 まゆがいたのであった。見つめる猫の目、緑色に光る。
「美和ちゃん、あたし、行っていい!? 行くべき!?」
行ってきなさいとまゆの連れ、魔女コスプレの
久保田 美和が言う。
「健康を祈る」
「それ言うなら『健闘』でしょ! ていうか国語教師国語教師っ!」
「リラックスさせるためのジョークじゃない。ほらほら、早くいかないとトビに彼かっさらわれちゃうよ」
トビなんかいないってと言いながら、大股でまゆは尚輝の背を追う。
「そこの素敵な方」
尚輝の肩に手が置かれた。
「科学者のコスプレですか? よく似合いますよ」
ふりかえった尚輝はそこに、
「も……もしかしてウォルター先生?」
ウォルター・Bを見たのだった。ブロンドに大ぶりのサングラス、ノースリーブの赤い軍服(?)にブーツ、こういうアニメキャラクターが昔いた気がする。もともと美形の彼である。ほれぼれするくらい似合っていた。
「助けに来ました、五十風先生」
ニコッと笑うとウォルターは、尚輝の手首をとって歩き出した。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
島ごと仮装しているようなこの地にあって、もともと仮装の要素を含む場所はどうなるか。
具体的には、メイド喫茶『ねこのて』はどうなるか。
――ますます仮装度合いが高まるのである。
来店客がドラキュラ伯爵で、その連れが青白い顔をしたオープンショルダードレスの貴婦人であっても、店長代理の
桧垣 万里は特に驚かない。
「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」
ドラキュラは女性で、貴婦人のほうはどうも男性のようだが、特に動じることもなくにこやかに席に案内する。
似合ってるし、二人とも。
「本日はハロウィンのスペシャルメニューがございます」
いかがですかとメニューを広げる。かわいいおばけのケーキもあれば、ハロウィン仕様のラテアートもある。圧巻は目玉ゼリーの浮いた血の池シェイクで、『少々お時間をいただきます』の注釈つきだ。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
かくてはじまるマジカルでホラーなハロウィンの週末。
ハッピー・ハッピー・ハロウィン。
ハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ!
みんなで声そろえ盛り上げよう!
マスターの桂木京介と申します。
お祭り好きの寝子島住民が、思い思いの仮装ですごすハロウィン☆デイズ、その締めくくりとなる週末を描いたシナリオです。参加人数は無制限! 日常でもあり非日常でもあり、恋愛話もホラーも可能な二日間、めいっぱいお楽しみください!
よろしくお願い申し上げます。
寝子島ハロウィン☆デイズ! とは
寝子島全体がお祭りモード、ごく当然のように仮装で歩いている人ばかりで、むしろ仮装していないほうが珍しいんじゃないか……? と思ってしまう数日間です。
大詰めとなった週末二日間では、以下のようなイベントが予定されています。
【1】仮装パレード(土曜日夕方~夜)
シーサイドタウンから海浜公園を経由して星ヶ丘へ、仮装してライトアップして練り歩きましょう。
途中の色々な店がチェックポイントになっており、「トリックオアトリート!」と声をかけるとお菓子がもらえるようですよ!?
【2】仮面コン!(土曜日夜)
仮面舞踏会形式のお見合いイベントです。星ヶ丘の海上施設イソラ・ガレッジャンテにて開催。上記ガイドで登場したNPCらが参加しています。
シングル男女のみで十八歳以上限定、しかも顔の隠れる仮装または仮面が必須という参加条件があります。
【3】仮装コンテスト(日曜日昼)
フィナーレをかざるイベントで、今年はシーサイドタウンの特設ステージで開催されます。
ステージでは最長数分のパフォーマンスが求められます。仮装の見事さより、パフォーマンスの質が勝負のようです。優勝を含む各賞入賞者にはけっこう豪華な賞品が進呈されるという噂です。
リッカルド町長をはじめとする数人のNPC(当日までシークレット)が審査員を務めます。
町で仮装してる人は、サンマさんにスカウト(?)され強制出場させられることもあるので覚悟しましょう♪
【4】飲食店スタンプラリー(両日とも)
ガイドに登場した『ねこのて』はもちろん、クラブ『プロムナード』など寝子島にある多くの店が協賛するイベントです。特別メニューがあるだけではなく、数店舗回ってスタンプをためると、愉快な景品がプレゼントされます。
※イベントに参加されるかたはアクションは上記のなかから1つを選択して、「キャラクターの行動・手段」欄の冒頭に記入してください。
ヒント
・参加者となることだけがイベントの楽しみかたではありません、【1】【3】は見物人として楽しむことだって可能です。ボランティアスタッフとして運営の手伝いをするのもいいですね。
・【2】は参加条件が指定されていますが、どうしても参加したいという十八歳未満のかたは、アクションで工夫を凝らしてみましょう。可能であれば会場にもぐりこむことができそうです。
・引っ込み思案というキャラクターであっても、『サンマさんに連行されて』という理由付けで【3】に参加することもできそうです。あなたのキャラはステージに上がったとたん大化けするかも!?
・【1】はパレードの経路上、【4】は寝子島であればどこの店でも対応していることにしてかまいません。
・イベントに参加しないけど自宅で宴会、ハロウィン☆デイズ期間中も黙々と仕事ですよブツブツ……といったシナリオ参加方法ももちろん可能です。色々なシチュエーションがありそうですね!(ただ、舞台は寝子島内に限らせてください)
NPC、Xキャラについて
このシナリオではXキャラの描写も可能です。登場をご希望の場合は、【Xキャラの名前】【一人称】【口調】【PCとの関係】などを記していただけると助かります。
NPCは、その場にいることが不自然ではない登録NPCはすべて登場可能です。桂木が描いてきた未登録NPCでももちろん可能です。
ただし以下のキャラクターだけはご注意ください。
・七夜 あおい:ガイドに描いた事情により参加できません。
・桜栄 あずさ:理事長を退職後、世界中を放浪中。連絡がつきません。
・青木 慎之介:9月からアメリカの高校に留学中です。
・剣崎 エレナと海原 茂:実は『ねこのて』を訪れた仮装のふたりだったりします。何があったのでしょう……?