今夜、なにする？｜リアクション

今夜、なにする？

●お出かけ帰りの秋の夜は

　その日、綾辻綾花は木天蓼市に買い物に来ていた。
　恐れ入りますが閉店ですと告げられ外に出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
「バックとかアクセサリーとか、可愛いものがありすぎて、うっかり時間を忘れちゃいました……」
　悩んで悩んで、結局買ったのは、ピンクの花モチーフのハンドバックひとつ。
　それだって猫鳴館暮らしの高校生としてはちょっと予算オーバーである。
「明日から節約しないとです」
　お気に入りを見つけられた満足感に、２割くらい予算を超えてしまった罪悪感を抱えながら駅へと向かっていると、突然、後ろからクラクションを鳴らされた。
　邪魔だったのかと思って道の端に避けたが、車は綾花の横で停止した。
　タンポポ色のレトロな車だ。いわゆる旧車というものだろうか。角ばった車体で、バックミラーがボンネットの前の方についている。
　何だろう、とおびえながら見ていると、きこきこと音を立ててリアウィンドウが開いた。
「やあ、綾辻さん」
　運転席に座っていたのは早川珪だった。

　猫鳴館まで送っていくよ。
　そう言われて乗り込んだタンポポ色のレトロな車は、夜の寝子島大橋を走っていた。
　すれ違う車のテールランプが赤く尾を引く。
　綾花は助手席で、何を話していいか分からないまま、すこしばかり居心地悪く珪の横顔を見つめていた。
（先生の車に乗せてもらうなんて……）
　走る密室で、先生が近すぎる。
　どきどきと高鳴る心臓を、どう宥めていいかわからない。
「この車、ようやく修理から返って来てさ」
　珪先生はハンドルを握りながら機嫌よく言った。
「古い車だからすぐ故障するんだよ。木天蓼市の馴染みの工場があって、取りに行ってきた帰りなんだ」
　そうしたら偶然綾辻さんを見つけてね、と珪先生は笑う。
　この時間から猫鳴館まで女の子一人で帰らせるのもなんだから、と。
　珪先生がこんな車を持っているとは知らなかった。
　けれど運転をするのは意外ではない。
「運転、お好きなんですか？」
「そこそこ、かな。本くらいしか趣味もないからね。車くらい、と思って」
「素敵な車ですね」
「そうだね。こういうクラシックなものの方が好みだよ。最近の丸っこいフォルムより、無骨な感じがいい」
　車が寝子島旧市街地に入っていく。
　ここからしばらくは、寝子電本線と並行する寝子島街道をゆく。
　見慣れた街並み。
　そこを、珪先生が運転する車で走る。
　それはなんだか不思議な感じだ。
　シーサイドタウン駅のあたりまで来た時、珪先生が言った。
「綾辻さん。すこし寄り道していい？」
「あ、はい」
　先生は、この時間でも開いている花屋の前で車を停めた。
「ちょっと待ってて」

　戻って来た珪先生は小ぶりのブーケを手にしていた。
「はい」
　綾花に渡す。
「え、私に、ですか？」
「今日は車が直った記念日だから。僕の嬉しさをおすそ分け」
　どうやら珪先生は車が直ったことが余程嬉しかったらしい。
　今日はずっと上機嫌で、先生というより、素の珪さんという感じだ。
「ありがとうございます」
　綾花は花を受け取った。
「じゃあ乗って」
　珪先生は助手席のドアを開けて言った。
「改めて、猫鳴館まで送っていくよ。この車がまた故障しないよう、祈っていてね」
「はい。よろしくお願いします」

　夜のドライブはもう少し続く。
　寝子島交番の角を九夜山のほうへ折れると、見慣れた寝子高の校舎が見えてくる。
　猫鳴館はその奥、さらに山際だ。
（猫鳴館がもっともっと遠くにあればいいのに――）
　珪先生の上機嫌な横顔を眺めながら、綾花はそう願わずにはいられなかった。