狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

【Ｂ】寝子温泉／サル
　竹を編み込んだ塀に囲まれた露天風呂から白い湯気が立ち昇る。そよそよと吹く風に流され、周囲の木々や日本家屋を霞ませて独特な情緒を醸し出す。
　ただし静寂とは掛け離れた状況に陥っていた。温泉客は金切り声を上げて風呂桶を投げ付ける。湧き出る熱湯を浴びせようと目論む輩もいた。
　恵御納久隆は大柄な雉白猫の姿で眺める。
　――私が猫か。この騒動はなんだ？　暴れている人間と猫も巻き込まれたのだろう。
　湯煙に包まれた露天風呂に目がいく。巨大な青黒い影は吹いた風で正体が判明した。ゴリラ並みの体躯を誇るボスザルであった。折り畳んだ手ぬぐいを頭に載せていた。
　久隆に気付くとニヤリと笑い、人差し指を招くように動かす。
「……我慢大会か」
　猫語で呟く。
　――不自然な存在のアレが、騒動の発端と見ていいだろう。
　久隆は堂々とした足取りで露天風呂に向かう。縁で止まり、前脚を浸す。一度、驚いた様子で引き抜いた。
「ここまで熱いとは」
　数秒で覚悟を決めて四肢を入れる。全身を湯の中に浸すと凄まじい熱さに包まれた。
「これは、本当に、熱い」
　あまりの高温に声が震える。
　突然、湯面の一部が盛り上がって青黒いサルが飛び出した。両手で掬った湯を久隆に浴びせる。一匹だけではない。続々と現れ、同じように熱湯を浴びせ掛けた。
「汚い真似をするな！」
　久隆は激怒して一匹のサルの頭を叩いた。近くにいたもう一匹は掴んで一本背負いを仕掛ける。
　投げ飛ばされたサルはボスザルの顔面を直撃。頭に載せていた手ぬぐいは落ちて熱い湯の中に沈んでいった。
「キッキキー、キキキーッ！」
　ボスザルの言葉の意味はわからない。語気の強さから相当に怒っている様子は伝わった。
「貴様の手下管理不足を棚に上げて文句を言うな！」
　久隆は対等に怒鳴り返す。
　怒りと熱さでふらふらになると、一度、湯から上がった。吹く風が気力を与え、また湯の中に突っ込んでいく。
「手下のサル共、掛かって来い！　私が相手だ！」
　サルは、キー、と高い声を上げて久隆に殺到した。
　――私に特別な力はない。あのボスザルは他の者に任せよう。
　露天風呂の戦いは熱い湯のように白熱していった。