狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

「オレ、にゃんこになったんだねぇ」
　のんびりした声には驚きも焦りも感じられない。手に持っていた白猫のリコーダー入れは歩道に落ちていた。ぐったりしたマティエを口に咥えた。現状をすんなりと受け入れたようだった。
　曖浜瑠樹は小さな緑白子猫となって、近くに見える魚市場に歩いていく。
　――にゃんこが多いよぉ。おっちゃんたちが魚をくれるみたいだし、みんなガツガツ食べているねぇ。
　もしかしたら、サニーさんもどこかで食べているのかなぁ。
　瑠樹は適当に歩き回る。二足歩行の猫もいて、びっくりだねぇ、と口にした。
　青黒いアライグマが目に留まる。複数が手分けして魚を洗っていた。
「おかわりにゃ」
「大きい魚が欲しいにゃ」
「こっちにもくれにゃ」
　集まった猫達は口々に催促する。アライグマの動きは加速して次々と要望に応えてゆく。
　――あそこにサニーさんはいないかなぁ。
　見ながら歩くと、丸々と太った猫と小さな猫が言い争っていた。
「チカ～、もっと食べたいのにお腹いっぱいでもう食べられないんだよ～」
「言いながら食べてる！　食べすぎだよ！」
　吉田熊吉を小三の娘、チカが叱り飛ばす。
　その側を瑠樹はそろそろと通り抜けた。
　裏手に回って空き地に出た。荷下ろしで用済みとなった段ボール箱が詰まれ、空になった容器が隅に置かれていた。
　――かくれんぼに使えそうだねぇ。こういうところににゃんこはいたりしないのかなぁ。
　開いた段ボール箱の中に飛び込んだ。特に何もなく、別のところへ飛び降りた。見つけた隙間に身体を捻じ込んで薄暗い中を進む。
　――暗いところでもはっきり見えるんだよぉ。にゃんこになって良かったねぇ。
　探すだけでは不十分と考えたのか。瑠樹は方々に向かって呼び掛けた。
「サニーさん、オレと話をしようよぉ。なにもこわいことはないよぉ」
　返事がなければ、また別のところに潜り込む。
「サニーさん、オレも同じにゃんこだよぉ。だから安心だよぉ」
　返事はない。言い方を変えてみた。
「黒白さんはどこにいるんだろうねぇ。サニーさんも気になるよねぇ」
　重ねて摘まれたカゴのような物が少し動いた。裏側から艶やかな毛並みの黒猫が現れた。瑠樹に警戒するような目を向けてきた。
「もしかしてサニーさん？　こんにちはぁ」
　咥えていたマティエを前脚で抱き締めた。一気に和んで表情が緩む。
　瑠樹のろっこん『ゆるゆる和みと恩恵の輪』が発動した。影響を受けたのか。サニーの目が穏やかになり、何かを探すように顔を動かす。
「……滴に、会わないと」
　サニーはしっかりとした足取りで空き地を出て、力強い走りを見せた。
「サニーさんが和んでくれてたのかなぁ。こわい気持ちがなくなれば、したいこともわかると思うんだよねぇ」
　瑠樹は今一度、マティエを抱き締めた。幸せそうな顔をして微睡んでいった。