狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

【Ｅ】星幽塔（第一階層、カラス座の森）／頭がカラスの獣人
　アイオ・キャンドライトは隣にいた喜矢武あいおを不思議そうに見つめる。
「あいおちゃんが猫ですわ」
「姉さんも猫ですよぉ。青い目がキラキラした愛らしい白猫になっていますよぉ。そのピンク色の首輪型リボンも可愛らしいと思いますよぉ」
　あいおの絶賛に近い言葉にアイオの尻尾が機嫌よく揺れた。
「そういうあいおちゃんも青い目をしているのですわ。黒猫に水色の首輪型リボンが実に映えてクールですわ」
「えー、それほどでもないですよぉ」
　言いながら尻尾をブンブン振った。頬ずりまでしてきた。
「それはいいのですが、ここはどこですの」
「森のようですけど、少し歩いてみます？」
　あいおに言われて、そうですね、とアイオは冷静に言葉を返した。
　二匹の猫は寄り添うようにして歩いてゆく。
　アイオは頻りに辺りを見回した。
「記憶にある風景ですわ」
「そうなのですか？」
「記憶違いではないですわ。ここは星幽塔の第一階層ですの。城下町からは離れていて、思い出すのに時間が掛かったのですわ」
　猫らしく匂いを嗅ぐ。ふいに耳が動いた。
　あいおも気付いた様子で左斜め前に青い目を向ける。
「姉さん、あちらの方から人の声が聞こえますよぉ」
「言い争っているような感じがしますわ。もう少し近づかないと内容は聞き取れないのですわ」
　二匹は一方に定めて足を速めた。
　開けた場所に出た。野外ステージに衣装を着た人々がいた。怒鳴りながら台本や万年筆を投げている。
「狂乱しているようですわ」
「そうですねぇ」
　煌びやかなドレスを着た女性は大声を上げた。
「私は女優なの！　そこらヘンにごろごろいる駆け出しとは格が違うのよ！　演技を見れば誰でもわかる！　それなのに、どうして……端役しか回って来ないのよ！　駆け出しが主役なんて、絶対に許されないわ！」
　髪を掻き乱し、周囲に向けて台本を投げ付ける。
　別のところでは髭を蓄えた男性が叫んだ。
「俺には才能がある！　劇作家としての地位もあった！　それなのに書くものが古いだと！　ふざけるな！　俺の脚本は不変で古びたりしない！　お前らの感性がおかしいだけだっ！」
　投げ付ける万年筆は易々と凶器になる。近くにいた猫は慌てて避けた。
　騒動はステージだけにとどまらない。超常現象のように木々が勝手に揺れた。伸びる黒い影から尖端の鋭い槍のような物が突き出した。集まっていた猫達は悲鳴に近い声を上げて散り散りになって逃げた。
　目にしたアイオはあいおに言った。
「アイオ達の力で解決に導くのですわ」
「姉さん、どうするつもりです？」
「あいおちゃんのろっこんの力をコピーするのですわ。その力を使って大勢の客の声を再現するのですわ」
「僕も手伝うのですよぉ。ステージの人達を褒めまくって不満を解消するのですよぉ。周りの人達に被害がいかなくなれば、戦い易いと思うのですよぉ」
「そうですわ」
　アイオとあいおは共に肩に手を置いて力強く頷いた。
　ろっこんの発動条件を満たすマイクを探す。するとピンマイクが落ちていた。アイオが前脚で叩くとスピーカーを通して音が聞こえる。
「使えるのですわ」
　アイオは口を近づけてろっこん『ミラクル☆ボイスチェンジ』を発動させた。
「いいぞ！」
「もっとだ！」
「がんばって」
「カッコイイ！」
　複数の声を同時に発した。いきなりの声にステージ上で暴れていた人々の動きが止まる。
「なんだ、この声は？」
「観客はどこに？」
　あいおも見つけたピンマイクに向かってろっこんを発動させた。
「キャーキャー！」
「ブラボー！」
「素晴らしい！」
「エクセレント！」
　絶賛の声を耳にした人々の表情が喜びに変わる。手にした台本を落とし、目に涙を浮かべて聞き入った。
　アイオとあいおは目を合わせて意志を通わせた。
　その後も『ミラクル☆ボイスチェンジ』を使い続けた。疲れると交互に休みを取り、味方の戦いをサポートした。