狂気の笑顔が悪意をばらまく｜リアクション

狂気の笑顔が悪意をばらまく

　一匹の猫の登場で魚市場がにわかにざわつく。
　身体は大きく全体が灰色の毛に包まれていた。三白眼は血走り、僅かに開いた口から鋭い犬歯が覗く。
　見た目は猫ではなく、小柄な狼に見えた。鋭い眼光は餓狼にも思え、店主は怯えながらも生魚を与えた。
「なんだかわからねぇが、食ってやるぜ」
　散歩の途中で猫になった京極花音は魚を食い千切る。二口で半身を喰らい、裏返して同数で食い尽くした。
「全然、足りねぇな。他はねぇのかよ」
　身体を左右に揺らしながら奥へと向かう。ただならぬ気配を感じた数匹の猫が驚いたように振り返る。
　花音の姿を見ると左右に避けた。空いたところに収まると、青黒いアライグマが軽く仰け反った。
「おい、俺の魚はどこだ？」
　アライグマ達は集まって何かを囁き合う。
　話が纏まったのか。ヒラメをそっと差し出す。目にした花音は、ちいせぇな、と言って頭部を咥えて垂直に掲げた状態でバリバリと骨ごとかみ砕く。尻尾はプッと吹き出して正面を見据えた。
「次を出せ」
　アライグマ達はくるりと回って背中を見せた。何かを懸命に洗い始める。水飛沫を上げて全員で持ち上げると唸るような声を出して花音の前へ運んだ。
「こりゃ、大物だな。俺に相応しい獲物だぜ」
　メカジキの全長は三メートルに及ぶ。身の厚さが重さを物語り、見ただけで威圧感を覚えた。
　花音は口を歪に曲げて笑い、飛び掛かるようにして食べ始めた。
　響く咀嚼音に他の猫達の動きが止まる。その食べっぷりに感化された猫から猛烈な勢いで食べ始めた。
「さすがにきついぜ」
　手伝うとばかりに他の猫が残った部分に食い付いた。最初は怯えていた猫も尻尾の辺りに犬歯を突き立てた。
「お前ら、やるじゃねぇか。俺も負けてられねぇな！」
　たっぷりと身が残る部分に花音はかぶりつく。顔を左右に振って引き剥がし、上を向いた状態で噛んで胃の中に流し込む。
「まだまだ、いけるぜ！」
　背骨が見えたことで士気が一気に高まる。
　餓狼と化して巨大な一尾に食らい付き、力尽きたような姿で食べ切った。
　他の猫達は一斉に前脚を踏み鳴らす。猫なりの拍手に、お前ら、と花音は優しい目をして笑った。