セイレーンが歌う夜｜リアクション

セイレーンが歌う夜

＜転＞

　エノコロ岬へと到着したレイ・ブライトンとレティシア・ル・テリエは状況が悪化しているような気がして内心焦った。
「これは……」
レイは少し考えると周りに人がいない事を確認し、右手を掲げながら妖精や精霊の伝承の本を思い浮かべる。
「ダンダリオン」
　そう、彼が口にした途端、一冊の本が右手に現れた。レイのろっこん『ダンタリオンの加護』によって召喚されたのだ。
「レティから聞いた話で思いついたのはセイレーンやローレライなんだ。前者は歌で海難事故を引き起こすっていう鳥や人魚の姿をした女性で、後者は歌で海難事故を引き起こすっていう鳥や人魚の姿をした女性の事なんだけれど……」
　そうであれば、惹かれるのは男性の方のような……と言うレイに、レティシアは不思議そうな目を向ける。
　と、その時。一台の車が近くに止まる。降りてきたのは八神修と双葉仄。そして杖をついた初老の男性と３、４歳ぐらいの男の子だった。仄と修は２人に挨拶をし、事情を話す。
「それじゃあ、この２人は……行方不明者のご家族？」
「ああ。そして、行方不明となった女性は今日、結婚式を上げる予定だったんだ」
　レティシアの問いに、修が頷く。
「行方不明者の名前は、瀬野咲蓮（せの　えれん）。……どうやら、交際相手と何かトラブルがあったかもしれないんだ」
　そこまで言いながら、修は自分の中で何かが渦巻いているのを覚え、眉間にしわを寄せる。彼はこの名前を周囲に伝えて欲しい、と２人に願う。
（もしかしたら……だからこそ、女性の方を呼んだのかな）
　レティシアはふと、そんな事を考える。と、仄があたりを見渡した。
「どうしたのです？」
「いや、あそこに男性と女性、数名の高校生ぐらいの若者がいるだろう？」
　仄の言葉にレティシアは頷く。仄は「私の観察力の凄さを教えよう」と前置きした上で言葉を紡いだ。
「明らかに大人な男女は夫婦だろうな。指輪と距離感、仕草から互いをよりいたわっているのが見える。また、男性の方は恐らく寝子高の教員だ。ついてきてる若者は生徒。ああ、生徒の一人はひどくねむそうだな」
　仄は少し離れた場所を歩く集団に目を向けて、そのまま言う。その詳しさに唖然としているレティシアとレイに気づき、仄はこほん、と咳払いする。
「まぁ、私の観察力からすればこんな所だな」
「操られているっぽい人はいますか？」
　レイの問いかけに、仄は首を振る。彼女の見る限り、影響を受けた女性はその集団の中にいなかった。
「もしかしたら、１度でも男性に触れる事ができたらどうにか自分の意思を保てるのかもしれない」
「だったら僥倖なのだが」
　修の呟きに、一同頷く。と、初老の男性が娘の名前を呼んでいた。仄達もまた、名を呼びながら辺りを捜索する事にした。
そうしながらも修はタブレットを操作し、気象庁のホームページにアクセスしていた。海を見た所、潮が満ち始めている。そう思った彼はどれぐらいで満潮になるのか、とても気になったのだ。
「……明日の午前６時に満潮か。この事も伝えておかないといけないな」
　修はそれまでには解決できるかもしれない、と思いながらも小さく呟いた。
　初老の男性と小さな子供は、まずは自分たちで捜査をしてみる、と言った。修と仄は念の為に、と自分の携帯番号を老人に教えておく事にした。

　修が齎した情報を、仄がねこったーに上げる。それを入手したデネボラは目を見開いた。
（行方不明者の名前と、満潮の時間ね。これも知らせておかなくちゃ）
　彼女は巧みな指使いでタブレットを操作し、ねこったーで拡散する。
　その情報を見た人々は、それを元に捜索をすすめる。海辺では行方不明者の名前を呼びながら探す者もいた。が、それは……歌の力をより強め、嵐を少し強めてしまっていた。