セイレーンが歌う夜｜リアクション

セイレーンが歌う夜

「風が強いのだ。海も荒れてるのだ。でも、誰も死なせたくないのだ」
　漸くエノコロ岬付近に到着し、海へと向かう後木真央は、雨に打たれながらも荷物を持ち直す。傍らの志波武道もまた表情を引き締めて真央の肩を叩く。
「出来る事をやろう、真央ちゃん。幸い、一度でも男性に触れたら少しはマシみたいだし……」
　その言葉に真央が頷いていると……聞き覚えのある声が聞こえた。彼女と武道が声の方をみると、こんな光景が繰り広げられていた。

　必死になってジニー・劉は鹿嶋洋美を探していた。走り続けていた為、息がかなり上がり、額は汗でびっしょりになっていた。口に咥えていた煙草も何処かで落とした。それでも、洋美は見つからなかった。
　やがて、エノコロ岬付近へたどり着いた時、彼は漸くふらふらと歩き続ける洋美を見つけた。
（いたっ！）
　劉は眼鏡がずれ落ちるのも構わず、洋美へと駆け寄る。そして肩を掴んで振り向かせようとしたが疲れからか派手に転んでしまった。その上、手を伸ばしてもすり抜けてしまう。そんな洋美の背中に、嘗て自分を無視し続けた母親が重なって息苦しくなった。
（畜生っ、なんでこんな時に……！　過去に囚われんな、現実を見ろ、俺！　一大事だぞ！！）
　それでも気合を入れ直し、海へ一歩踏み出した洋美を抱きしめる。途端に、目を見開き、きょとん、とする洋美に彼は言った。
「勝手にいなくなるな、洋美。まだ弁当の礼言ってねえぞ」

何故だか寂しそうなその人は、いつもそっけないけど決して振り払わない。
誰かに甘える方法や寄り添う方法を知らないのかもしれない、と思っていた。
だから、放っておけなかった。

　洋美は劉に抱きしめられながら少し首をかしげた。何故、自分はここにいて、彼はひどく泣きそうな様子で、しかも互いにずぶ濡れなのだろう、と。
「あれ？　劉さん、どうして私たちはここに……？」
「……どーしてだろーな。ったく、心配かけさせやがってよ」
　彼女の問いに劉は気だるげに答える。が、その声は酷く優しく、安堵に満ちている。洋美はまた首をかしげて
「そういえば、歌が聞こえていたんですけど劉さんには聞こえます？」
「……聞こえねぇな」
　劉は首を振りつつ、洋美を陸の方へと連れて行った。そして……唖然とする真央と武道に気づき、足早に陸に戻った。

風はさらに強まり、雨足も強くなる。その中でも、御陵春哉は合流した生物教師の牛瀬巧とその妻であるいおり、霧生深雪、神無月綾、御薗井Ｅセレッソと共にここへと来てしまった女性たちに声をかける。しかし、きちんと我に返るのは男性が肩などに触れた場合のみであった。
　セレッソが少し眠そうにうとうとしていた為、いおりは休めそうな場所を探し、一度そこへ向かう。と、ちょうど日光瀬きらら、森蓮、浮舟久雨、マリベル・ロイスの４人も雨宿りしており、みんなで情報を交換し合った。
　きららを心配していた深雪はほっとし、保護した蓮と久雨に感謝した。その様子を見つつ綾が額に張り付いた髪を払いながら、きららに問いかけた。
「情報通である日光瀬先輩にお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか？」
「ええ、わたくしの知っている事であれば……」
　きららが肯けば、綾は小さくもよく通る声でこう言う。
「不法投棄などをしそうな団体、会社など個人レベルまでご存じありませんでしょうか？」
（まだその説を捨ててなかったのか）
　深雪は内心でため息をつく。綾はこの現象をガスの発生による幻聴だと考えているらしい。しかし、きららはすぐに答えた。
「大変申し訳ありません。わたくしの知っている限りこの辺りにはありません。寝子島周辺は観光地としても、漁場としても大切な場所ですのでそんな団体としては使いづらい場所のようです」
「それやったら、この歌の正体ってなんやろうなぁ。なんか女の人しか聞こえへんって辺りが不思議やなって自分も思うんよ」
　マリベルがうーん、と考えると傍らでは綾もまた別のアプローチ方等を考えていた。