寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　時間が進むにつれハロウィンパレードは静かになるどころか、ますます派手ににぎやかになる。
　手首をかえして智依子は腕時計に視線を落とした。
　そろそろ帰宅の頃合いだろうか。パレード参加者の大多数にとってはまだ宵の口かもしれないが、楓はすでに眠そうにしている。お菓子をもらったり屋台に足を向けたり、いろいろ食べたので満足なのだろう。食べ物だけではない。もりだくさんの夜だった。パレードの途中で寝子高の同級生と出会って一緒に写真を撮ったり、またどこかへ突撃しようとする楓をたしなめたり、怖くてキュートなコスプレを見物したり……そのあいだ楓はずっと楽しそうにしていた。きっといい思い出になったことだろう。
「ママだっこー」
　楓が両腕をバンザイした。歩き疲れた様子である。あまり甘やかさないほうがいいのかもしれない。でも、こんな風に甘えてくれるのは今だけだと思うと、どうしても智依子にはふりきることができなかった。
　重くなってきた小さな魔法少女を、大きな魔法少女、つまり智依子は抱き上げた。このとき、
「梓さん」
　呼びかけられふりむくと、見覚えのある姿が目に入った。
「高松さん」
　クリス高松、『ハローニャック』の同僚だ。特に仮装はしておらず、洗いざらしのジーンズに青いカラーシャツという地味な服装をしている。
「お邪魔してごめんなさい。実は大変なことになってしまって……！」
　クリスの表情は暗い。
「どうしたの？」
　ポンポンと楓の背を叩きながら智依子は応じた。すでに半分以上眠りに落ちているらしく、楓の反応は薄かった。
　ずっとクリスとは親しくしている。店ではランチをともにすることも多い。先日は楓を応援すべく、保育園の運動にすら来てくれたくらいだ。だから自然と智依子は彼女に親しい口をきくようなったのだが、「敬語しかできなくて」とクリスは出会ったころと同じ口調のままだった。
　周囲をうかがうようにしながらクリスは言った。
「ナターシャが消えました」
「消えた、って」考えながら応じる。「つまり、心の中に埋没してしまったってこと？」
　ナターシャ・カンディンスキーはDUAL（デュアル）と呼ばれる特異体質である。極端な二重人格で、ひとつの肉体を元の人格と『クリス高松』という第二人格が共有しているのだ。本来はナターシャの体だが、いまではクリスのほうがメインを張ることが多い。実際、智依子も夏に一度見たきりで、今日までナターシャの存在を忘れていたほどだ。なお、クリスはナターシャと記憶を共有するが、ナターシャはクリスの存在を知りつつも彼女に体を明け渡しているときの記憶はない。
　ちがいますとクリスは首を振った。　
「想像だにしていなかったことになりました」
　クリスは詳細を明かした。
　ために今夜、仮面コンというイベントにエントリーしていたのだがそれどころではなくなったという。
　だとすればジタバタしても仕方がないことだ。智依子は落ち着くようクリスに言い聞かせ、抱いた楓を背中にまわしておぶったままクリスを自宅へと送ったのだった。
　自分も帰宅してようやく、智依子はずっと娘を運んでいたことに気がついた。重いと感じたのは最初だけ、気がつけばすいすいと歩ききっていたのである。
　母は強し、ということなのかしら。