寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　閑古鳥はカッコウの異名で、この名で呼ばれる場合ほぼ例外なく、『閑古鳥が鳴く』という慣用表現になる。店が空いている状態、もっといえばガラガラで寂れている状態を指す言葉だ。カッコウカッコウという啼き声が、寂寞（じゃくまく）の情を呼さますからだという。
　古書喫茶『思ひ出』には目に見えない止まり木があり、目に見えない閑古鳥がいて耳に聞こえぬ啼き声を発しているのが平常なのだが、今日ばかりは鳥も留守にしているらしい。
「ありがとうございました」
　津島直治は客を送り出した。
　とんがり帽子をかぶった魔女風少女は古書に没頭していたものの、やがて来たケモノ耳少女と連れ立って出て行った。待ち合わせがこの店とは、なかなか洒落ていると思わないでもない。そろって肩の露出した薄着だったが寒くないのだろうか。
「お願いします」
　とスタンプ帳を差し出した双子の姉妹はひとりが赤ずきんで、もうひとりが狼のかぶり物をしていた。喜んでと返事して判を押す。
　ふうん、と直治は思う。
　スタンプラリーのおかげか、いつもより人の流れがあるような気がするね。
　おかげでそれなりに忙しい。

　まだぽつぽつと客がいた。仮装者が半分、あとは普通だ。でもスタンドカラーシャツに着物をあわせたあの客さんは、大正時代の書生風コスプレなのかもしれない。
　また誰か来た。
　からりと戸が開いたのである。　
「いらっしゃ……」
　つくづくと彼を眺めたすえ、力なく言い添えた。
「……いませ。兄様」
　黒くゆったりとしたカーディガン、チャコージュのシャツ、『そこらへんで買った服をひっかけてきただけ』と彼は言うだろうし、たぶん本当にその通りなのだろうが、あつらえたように映えるのはなぜなのか。黒いデニムのテーパーテッドスラックスすら、きっとノーブランドなのに彼が着ると、ハリウッドセレブみたいな高級感がただよう。
「やっほー直くん、遊びに来たよ」
　訪れたのは直治の兄、津島修一なのだった。
　なぜ兄様がここに？
　って、ほおずき市の時にも同じことを思ったような気が。
　口に出してそう言ったわけではなかった。なのに修一はまるで直治の心を読んだかのように、
「なんとなく来ちゃった。まあ、気まぐれってやつだね」
　けろりとした表情で言うのである。
「はあ」
　我ながら間の抜けた返しだという気もしたが、いまの直治に打てる相づちはこんなものしかない。
「そういえば、今ってハロウィンなんだね。仮装してる人たくさん見たよ」
　修一はハロウィンを狙って来たわけではないという。これも本当だろう。『試験勉強なんて面倒だから、毎回ヤマ張ってテキトーにやってる』と口で言い実践している彼だが、高校三年間を通して学年では常にトップだった。天に愛されている人間がいるとしたら、それは津島修一でしょうというのが直治の持論だ。
「寝子島って面白いなぁ。いつ来てもお祭りって感じで」
　カウンターに座った兄は、笑って珈琲のカップを口に運んだ。
「あれ、珈琲？　私、いつの間に淹れたんでしょう？」
「自分で淹れたよ」
「ああご自身で」一瞬納得しかけた直治だがすぐ我に返る。「って、いつの間に！？」
　弟の問いに答えず修一は、
「最近のコーヒーメーカーってすごいんだね。AI搭載？　進化しすぎでしょ」
　などとしきりと感心している。
　兄様は自由だ。
　自由すぎるくらいだ。
　天かける天馬を地上から眺めるようなものである。いまさらながらではあるが直治は、感じ入らずにはいられない。
　そういえば、と直治は気を取り直してたずねた。
「兄様、恭子さんはどうしていますか？」
「恭ちゃん？」修一はこともなげに応じた。「元気だよ。気になるなら帰っておいで。恭ちゃんも直くんに会いたいだろうし」
「それはどうでしょう」
　苦笑いするしかない直治だった。といっても、恭子が元気そうと聞いて安心はしていた。
　帰っておいでと気楽に修一は言うが、直治にとって帰郷は、いささか高すぎるハードルである。
　ふたりとも好きだけど――。
　ひとつ屋根の下にいる自分と兄、妹を想像する。
　兄も妹も屈託のない笑顔でいることだろう。
　でも自分は、胃潰瘍を隠してパーティに参加した人のように、笑顔らしきものを作ろうと顔の筋肉をこわばらせ冷や汗をかいていることだろう。
　万能の天才に挟まれ凡人の限界をつきつけられる日々に、きっと俺は耐えられない。
　まだ帰る勇気はなかった。
　いつか、勇気は出るのだろうか。

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寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

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