寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　闇のなかに凜然、金属のこすれあう音が響く。
　滝のように見事なあごひげは白く、おろしたての筆を思わせる。頭には編み笠。まとっているのはひどく着古した僧服、袈裟にいたってはぼろ布のようにしか見えなかった。遊行僧だ。錫杖をつきながら歩いていた。杖をつくたび遊環（ゆかん）とよばれる鉄の輪がこすれあって涼音をあげているのだった。
　あっと鶴見五十鈴は首をすくめた。五十鈴が日々をすごす――具体的に言えば地縛霊として居着いている――トンネルに、また彼がやってきたのだ。
「この前のお坊さん！？」
「さよう」
　僧は編み笠を脱いだ。きれいな禿頭だった。昼なおくらいこの場所、日が落ちれば言わずもがなである。しかし僧の頭はわずかな外光を反射していた。しずかに読経してから告げた。
「拙僧は一清（いっせい）という。先日は悪いことをしたな」
　一清はトンネルに訪れ、巣くう悪霊を一気に除霊したのだった。だがそのとばっちりを受け、（特に悪くもないはずの）五十鈴も吹き飛ばされたのである。
「ああ、それなら別に」
　おかげで一時的とはいえトンネルの外に出られて、おまけに古い知り合いとも会えたと五十鈴は語った。
「そうかね。だとすれば」
　いかめしい顔つきの一清だが、にこりと笑うと妙な愛嬌があった。
「その者とそこもとに強い縁（えにし）があったゆえであろうな。御仏のお導きよ」
　数珠を手にしじゃらじゃらとこすりあわせて、
「とはいえ詫びたい。代償といってはなんだが、今日はまた暫時、そこもとを外へ出して進ぜようと思ってな」
　どうかねと一清は言った。五十鈴に否やがあろうはずはない。
「本当に！？」
「うむ。今宵は季節の催し、西洋の百鬼夜行があると聞く。なに、本物の霊異怪異ではなく仮装行列であるぞ。楽しむが善かろう」
　読経のときと同じ調子で一清は語ってくれた。
「仮装行列？　飾り立てて歩くんだって？　へえー」
　五十鈴が知らない間にハロウィンなるイベントが毎年の恒例行事になったのだという。五十鈴でもバレンタインデーは知っている。もちろんバレンタインは現在も祝う。しかしいまや、バレンタインよりハロウィンのほうが規模が大きいくらいらしい。
「なかなかに賑やかなものよ」
　そうと聞けば俄然興味がわくではないか。
「じゃあお願いしていいかな」
「帰りたくなったときにはそう念じればよい。なに、念じなくとも明け方には戻る」
　では参ろうかと一清は、低い声で念じはじめた。