【エルデスト１Ｆ：カウンター席】

　さて、つり目ぎみの瞳を好奇心で輝かせ、先ほどからあちこち店内を回っているのは、六月一日宮 檸檬だ。
「こんな機会じゃねーとバーとか入れないからなっ。
　あ、バーテンさん。あそこにあるお酒ってどーいうお酒なんすかねー」
　カウンターに身を乗り出して、興味津々で訊いてくる六月一日宮に、苦笑して檜山 立樹が、
「こらこら。お酒はまだ、未成年には出せないよ？」
「あっ、そういうんじゃないっす！
　俺は飲まないけど、色々あると気になるだけで……
　えっと、じゃあはちみつレモン！」
「（にっこり）かしこまりました……おや、鹿黒さん。いらしてたんですか」
　いつの間にか、カウンターの端に腰掛けている黒ずくめの男を見つけて、そちらにも声を掛ける檜山。気配も無く座っていた鹿黒 暖簾に、「うわっ、誰？」とギョッとする六月一日宮だ。
「あァ坊ちゃん、驚かせちまって悪りィな。（檜山に）今日は賑やかで良いこった。
　俺も自分の部屋に引っ込んでる訳にゃいかねェか、と思ってな……んっ？」
　六月一日宮にはドリンク、そして自分の前にコトリと置かれたボリューミィなパフェに、鹿黒が目に見えて挙動不審になる。
「あっ、いや、べ、別に檜山の旦那のデザートが楽しみで降りて来たとか、そんな……」
「うわっ、すごいっすねこのパフェ。さくらんぼがてんこ盛り！
　コレ、紅白の層になってんのは、バニラと……チェリーシャーベット？」
　隣りでこちらも驚いている六月一日宮に、檜山立樹が微笑んで、
「それから、チェリージュレですね。
　ホイップクリームとチェリーソースを添えて、特製パフェに仕立ててみました。
　この旬のフルーツは、あちらの笹森 清真さんから頂いたんですよ」
　と談笑していた笹森を呼び、２人に彼を紹介する檜山。
「さくらんぼって、６月の誕生果でもあるんですよ。
　俺も味見させてもらいましたが、とっても美味しかったよ、笹森君」
「あーいや……１人で食べきれる量じゃなかったから。
　皆さんに食べてもらえて、俺も嬉しいっつーか」
　切れ長の目を伏せて、ぽりぽりと恥ずかしそうに頬を掻く笹森だ。
「Σ ってオッサン、じゃなかった鹿黒さん！　もう食べちゃったんすか！？」
　たちまち器を空にしている鹿黒を、二度見する六月一日宮。
「あ、いや、俺はその、甘いのは嫌いじゃねェってだけだからな？
　あくまで美味ェもんが好きなのであって、甘いのは美味ェからすｋげふんげふん、じゃなくて」
「（にっこり）良かったら、もう１つお作りしましょうか？
　笹森君も、味見してくれると嬉しいな」
「ええ、ぜひ」
「あっバーテンさん、俺にも俺にも！
　リンゴとミカンは敵だけど、このチェリーパフェなら話は別！」
　六月一日宮檸檬もハイハイ！と手を挙げ、にっこり檜山は３人分のオーダーを引き受けるのだった。


「うわっ、すっかり出遅れちまったな……」
　すでに沢山の人の熱気で賑わっている店内を見回し、霧生 深雪は後ろ手にドアを閉めた。腕に抱えているのは、数束のデルフィニウムのミニブーケ。この花を買っていてパーティに遅れてしまったのである。
「ああ、マスター？」
　通り掛かった姉小路 ネイサンを呼び止めて、
「良かったらこれ、店に飾って貰えれば……」
「いやん、ありがとおん！　アタシも６月生まれだから、１つもらっちゃうわん！
　でも、お店には余ったらでいいわよん、誕生日のコたちに先にあげて来なさいな？
　あのへんに寝高生のコたちがいるわよん！」
　ほら、とネイサンが指すカウンター席には、後輩の六月一日宮 檸檬や笹森 清真、同級生の霧谷 朧や蜂須賀 ルドの姿が見える。ミニブーケを抱えてそちらに歩きながら、
（おお、ロベルトが言ってた通り、ピアノあるな……）
　店の中央にあるグランドピアノに自然と視線が行く霧生。年代物だが、大切に手入れがされているようだ……その視線がふと、ピアノの向こう側でぽかんとこちらを見ている、ロベルト・エメリヤノフと目が合った。
（ん？　何だあの野郎。あんなノリで俺を呼び付けといて、挨拶も無しか）
　ちょっとイラッとする霧生だったけれど、
（いや待て、落ち着け俺。別に俺は、あんなキモい奴の誕生日祝いに来たワケじゃねぇ。
　ただ、店のピアノが気になったから来ただけ……おっ、それに美味そうな自家製スイーツ♪）
　カウンターのチェリーパフェや、六月一日宮が皆に勧めているレモンクッキーを見て、たちまち機嫌が直る霧生だ。六月一日宮たちも彼を見つけて、
「あっ、霧生センパイ！　遅かったじゃないっすか！」
「まあな……あ、これ、誕生日のお前らに」
　とミニブーケを、六月一日宮や霧谷、笹森清真にも差し出す霧生。
「えっ、俺もいいんですか？」
　デルフィニウムの淡いブルーのブーケは、灰色の髪の笹森にもよく似合う。
「誕生日なんだろ？　おめでとう」
　ぽんと肩を叩かれて驚き、でも決して悪い気はしない笹森だ。
「さて、俺も何か食べようかな……」
　カウンターのスイーツたちをガン見しながら、（でも甘い物好きなのはバレないようにしないとな……）とあくまでクールさを装う霧生だ。


（ま、マジで来た！？　どうしよう何話せばいいんだおちつけ）
　一方、霧生が来ないものとすっかり諦めていたこちら、ロベルト・エメリヤノフは、１人でうろたえまくっていた。カチコチの緊張でもうその頭は真っ白、
「いや、いけない。こんな所で突っ立ってたら怪しまれるだけ……
　と、とにかく会話だ。そう、ここは学校での大人しく模範的な態度で……」
　ギギギギ……と関節から音がしそうなほどギクシャクと、カウンター席に向かうロベルト。その接近に気付いた霧生 深雪がこちらを振り向き、あぁその宝石のような真紅の瞳、
「や、やあキリュ谷君！（シュタッ）」
　カクンと手の向きを９０度変え、隣りの霧谷 朧に話しかけるロベルト。
「んあ？　俺？」
「それは大層美味しそうなケーキだね、僕にも１つ貰えるかな？」
「うん、ここのバーテンさんの手作りさね」
　霧谷が取り分けようとしたその１切れを、横から蜂須賀 ルドが、ぱくっ。
「うわっ、蜂須賀センパイ、何やってるんすか！」
「おう、驚いたか後輩。俺の着ぐるみは口許だけが開閉する、
　びっくりドッキリメカシステムですだぜ」
「へー、どれどれ……」
「覗くんじゃねーぞおらー、食っちまうぞ、だぜ（がおー）」
　ガジガジと頭から六月一日宮 檸檬を齧ろうとする、その猫着ぐるみをピシッと制してロベルトが、
「こらこら、蜂須賀君。そんなに後輩を苛めてはいけないよ。
　僕らは伝統ある寝子島高校の２年生。常に下級生の模範たる態度を示さなければ」
「おい、ロベルトお前……何言ってんだ？」
　呆れて話しかける霧生深雪を、
「ところで檸檬君、アレだ、ええと最近のレモン情勢について君はどう思う？」
　ロベルト──またも無視！
「ちょっ、おい」
「へっ？　レモン……情勢？」
　よく分からないことを話しかけてくる、ロベルトの模範生モードに六月一日宮も戸惑い顔である。
　
　★説明しよう！
　　模範生モードとはロベルトの考えた爽やかで模範的な先輩を体現した、ようするに猫被り。

（アレ？　何か様子がヘンだな……
　ロベルト先輩と霧生センパイがいちゃいちゃしてる所に、
　クラッカー片手に割り込んでやるつもりだったのに）
　一方、ガン無視された霧生の方も、その心中は全くもって穏やかじゃない。
（つーか俺のこと呼んでおいてなんだよその態度……）
　ビキビキ。そしてロベルトの方はと言えば、
（おかしい、どうして霧生を前にすると緊張するんだ……
　そう、彼は生きた芸術品。
　大して意識するようなものではないはずなのにわけがわからない……）

　ああ、２人のすれ違い。
　はたしてこの誤解は、パーティが終わるまでに解けるのだろうか？