九月をあなたと共に｜リアクション

九月をあなたと共に

　日曜日の朝間、空は黒雲に覆われている。夕立のような激しい雨を予感させる中、桜花寮から水上桜が現れた。制服の下は競泳水着なのか。やや汗ばんだ箇所に微かな紺色が浮かび上がっていた。
「……降るかも」
　ちらりと空を見た桜は黒髪を弾ませた。小走りで道に出ると靴底を鳴らして右手に曲がる。気が気ではないという風に何度も空を見ていると、頬に冷たい一滴が落ちてきた。
「早いよ」
　不満を口にしても流れは変わらない。乾いた道に黒い染み跡を作り、瞬く間に黒一色に塗り替えた。
　激しい雨に打たれた桜は頻りに目を動かす。シャッターが下りた店舗を目にした瞬間、慌てて逃げ込んだ。すでにびしょ濡れで雨宿りをする意味があるのか。当の本人が苦笑して小首を傾げた。
　スカートのポケットに入れていたハンカチまで濡れていた。軽く絞って顔や首筋に押し当てる。少しすっきりしたところで同じように駆け込んでくる者がいた。
「マジかよ」
　空を睨み付けた姿で乱暴に前髪を掻き上げた。持っていた紙袋を適当に降って雨水を飛ばす。
　隣で訝し気に見ていた桜の顔が軽い驚きと共に明るくなる。
「滝沢君だよね？」
「マジか。なんでこんなところにいるんだ？」
　滝沢匠は目を丸くして言った。
「急な雨に降られたからね。そちらは？」
「俺はマジメなマタ工生の水泳部員だからな。最新の競泳パンツは見逃せないぜ」
　右手に持った紙袋を掲げてぶらぶらとさせる。
「だけど、いきなりの雨にはびっくりだ」
「そうね」
「俺は用事を済ませたからいいが、そっちは大丈夫なのか？」
「これから部活があるんだけど」
　桜はスマートフォンを手にして時間を見た。
「時間的にはギリギリかな」
　その時、通知を伝える音がした。手早く起動させて画面に目を落とす。送信者は水泳部顧問の相原まゆだった。
『この雨だし、今日の部活は中止ね』
　一文を目にして一気に力が抜けた。桜は苦笑いでスマートフォンの画面を匠に見せた。
「私の用事も終わったよ」
「そのようだな」
　匠は空に目を向ける。黒雲で覆われていて一筋の光も見えない。
　同じように空を眺めた桜がぽつりと口にした。
「最近の調子は、どう？」
「絶好調だ。クロールの自己記録を更新した」
「部活はマジメなんだね」
「部活もマジメなんだよ。前から言ってるだろ。俺は不良じゃない」
　匠は横目で力説した。桜は、はいはい、と空を見たまま笑って返した。
　雨は止みそうにない。二人で眺めていると匠が急に話を振ってきた。
「前に趣味がアクセ作りって言ってたよな。どんなもんを作るんだ？」
「ペンダントやネックレス、指輪も作るよ」
「素材はやっぱり買うのか」
「買う時もあるけど、自分で拾い集めた物も使うよ。貝殻とか」
「ここらなら寝子ヶ浜海岸になると思うが、アクセに使えるようなのってあるか？」
　匠は桜に目を向けた。
「他でも見つけられるよ。霊界とか」
「夏っぽい話だな。それ、幽体離脱ってヤツだろ」
「まあ、そんな感じかな」
　他愛無い話を続けていると空が割れてきた。眩い光の柱が地上に降り注ぐ。どこか神秘的で二人は揃って見つめた。
「暑くなりそうだな」
「そうね」
「今から二人で寝子ヶ浜海岸に行かないか？　新しい水着を試してみたいのもあるし」
「どうしようかな」
　桜は顎先に指を当てた。満更でもない顔で軽く頭を揺らす。
　匠はにやりと笑って言った。
「そっちは水着だしな」
　指摘された桜は自身の姿に気付く。全身が濡れて紺色の水着が表面に浮き上がっていた。
「付き合うわ」
　やや顔を赤くして桜は先に飛び出した。雨は止んで空の一部に虹が見える。
「……悪くないかも」
　桜の呟きは吹き付ける風に流され、二人は競うようにして輝く海へと走っていった。

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