九月をあなたと共に｜リアクション

九月をあなたと共に

　猫鳴館の一室で邪衣士は目を覚ました。部屋は薄暗く、静かな雨音に満たされていた。
　士はむくりと起き上がる。包まっていた熊の毛皮を手早く腰に巻いて窓に顔を寄せた。空は夜のような暗さに覆われていた。
「大掃除でもするか」
　窓を離れると押し入れに向かう。中から雑巾の束を掴み出し、部屋を出た。

　薄闇に目を凝らしながら廊下を歩く。途中にあるこぢんまりとした洗面所で雑巾を濡らし、次々と絞っていった。
「意外とあったな」
　かさ張る雑巾を両手で挟むようにして持ち、玄関の方へ向かった。
「あれは」
　右手の会議室から出てきたかのように人影が現れた。茶色い作務衣を着た猫館鳴であった。機嫌が良いのか。白い横顔には笑みが見て取れる。長くなった髪は後ろに束ねて綺麗な三つ編みにしていた。
「出掛けるのか」
「そのつもりだったんだけど、この雨だからね」
　鳴は向きを変えて士の元に駆け寄る。豊かな胸が上下に弾んで目の遣り場に困り、適当に顔を背けた。
「邪衣は一人で掃除？」
「まあ、この猫鳴館にはお世話になっているからな。それなりに愛着もある」
　鳴は口角を上げた。自身が褒められているかのように上機嫌で頭を軽く左右に振った。
「あたしも手伝うよ」
「いいのか？」
「もちろん。廊下の雑巾掛けから始めるのよね？」
「そのつもりだ」
「それなら」
　鳴はにやりと笑う。士が持っていた雑巾の一つを速やかに抜き取った。

　廊下の突き当りで二人は並んでしゃがんだ。手前には折り畳まれた雑巾が置かれている。
　鳴は横目をやった。
「真剣勝負だからね」
「手は抜くつもりはない」
　士は雑巾に両手を置いた。目にした鳴も同じような姿勢となった。
「位置について」
　鳴の声に合わせて腰が上がる。
「用意、ドン！」
　二人は飛び出した。小柄な鳴が会心のスタートを決めた。足の回転の速さを活かして速度を上げる。そのまま勢いに乗ると思いきや、浮き上がった板によって減速を余儀なくされた。
　士が猛然と追い上げる。二人は並んだ。双方の上体が揺れて肩が当たりそうになった。
「本気だね」
「当然だ」
　士は前を見据えた状態で鳴に返した。瞬間、両者が速度を上げる。二人は並んだ状態でゴールに突っ込んだ。
「あたしの勝ちね」
　隣で息を整える士を他所に鳴は勝ち気な表情で立ち上がる。
「髪の差で俺の負けだ」
　士は苦笑いで腰を上げた。
　二人の速度は拮抗した。どちらが勝ってもおかしくない。
　鳴は咄嗟に頭を振った。三つ編みの髪が誰よりも早くにゴールを切った。
「約束通り、敗者は和菓子を奢って」
「くれなくていいよ。一緒に付いてきてくれたら」
　鳴はにっこりと笑って言い切った。
「それで、いいのか？」
「いいよ。それより早く掃除を終わらせようよ」
　鳴はしゃがんで雑巾を折り直す。逸早く飛び出して廊下を走っていった。
「こちらが一杯食わされたか」
　呟きながらあとに続いた。

　廊下の拭き掃除が終わると手分けして窓拭きに取り掛かる。その後、開けられる窓や扉は全て開放してニスを塗った。
　終わる頃、雨の音が止んだ。二人は新鮮な空気を求めるように外へ出た。
　見上げると黒雲は散り散りとなっていた。瑞々しい青空が勢力を伸ばしている。
　鳴は嬉しそうな顔を士に向けた。
「和菓子日和だね」
「買い出し日和でもある。特売日で豚肉が安いそうだ」
「迷わずに買えればいいけど」
　鳴は自身の赤い唇に手を当てる。膨らんだ頬は笑いを堪えているようだった。
「迷いそうな時は鳴に案内を頼む。旧市街にある参道商店街だ」
「あそこね。それなら任せてよ」
　鳴は士の手を握ると草履を鳴らして歩き出す。
「なんで手を握るんだ？」
「迷子になられると困るからね」
　鳴は振り返って微笑む。士は、そうだな、の一言で鼻先を掻いた。

　雨上がりのきらきらした道を二人は手を繋いで共に歩いた。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
ファンレターはマスターページから！

　雨上がりシナリオはいかがでしたでしょうか。
　爽やかな大気の中、二人で過ごす一時は少し違って見えたかもしれません。
　本シナリオが仲を深める一助になれば幸いです。

　現実の夏の暑さも和らぎ、寝子島と同じ風が感じられるようになりました。
　秋らしいシナリオがちらちらと頭の中に瞬きます。読書の秋、味覚の秋など。
　いろいろな秋が私の創作意欲を高めてくれます。と言いながら脱線するのが通常運転の私です。

　最後になりました。今回のご参加、ありがとうございました。
　また新しいシナリオでお会いできることを願っています。

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