LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

「ウォルターさん」
「ウォルター『先生』」
　稲積柚春はもう定番になっているこのやりとりをウォルター・Bと交わし、内心では口を尖らせながら、
「ウォルター先生」
　と言い直した。
　柚春はウォルターに対して、もっと心を寄せ合いたい、先生と生徒という立場を超えて人と人として親しくなりたいと願っているのだが、先生という社会的立場を持つウォルターはその点についてはガードが堅く、とくに学校では気安い「ウォルターさん」呼びを許してくれない。必ずと言っていいほど『先生』と言い直すよう訂正される。それについて不満を漏らすと。
「あのねぇ、教師はいろいろあるの。大人としての責任とか、生徒を指導する立場とか」
　と、ぴしゃり、クールに言い切られたりする。
「でも、先生だって、ひとりの人間ですよね」
　ひとりの人間としてのあなた。
「完璧である必要はないし、人間らしい感情を抱いて揺れ動いたりするのは当然のことだと思います」
　そんな人間としてのあなたと深く知り合いたい。
　そういった思いを『さん』呼びに込めて、懲りずに「ウォルターさん」と呼ぶ。
「それでもね、人前や学校ではだめ。生徒は公平に指導したいから。そこは、僕の教師としての矜持ってやつかなぁ。依怙贔屓しているみたいに見えたら僕だけでなく君にも不利益があるしねぇ」
「むぅ……」
　諭されて、柚春は引き下がった。
（――本当はいつでも愛称で……『ワット』って呼びたいくらいなんだよ）
　そう言い返したかったけれど、きっと今はやんわり『先生』と訂正されてしまうだろう。優しいところもいっぱい見たけれど、親しくなった分、絶対に入れてくれないラインがあることにも気づいてしまってもどかしい。
「じゃあせめてべつのお願いを聞いてください」
　柚春は、ねこったーをぐいとウォルターの眼前に突き出した。

「寝子高グラウンドが水鏡になってるんだって。いっしょに見にいきましょうよ」

◇

　――そのくらいならいいよぉ。
　ウォルターは承諾した。ねこったーの画像を見て、自分の職場の変貌に興味もあったのだろう。
　柚春たちがグラウンドに到着したころには、残っていた雨雲も去り、疾く流れる雲の筋の合間から琥珀色した光が差し込みつつあった。
「綺麗ですね」
　柚春は地上に映る空に心奪われた。
「本当だねぇ。寝子高じゃないみたいだ」
　ウォルターもまた、柚春と同じ感動に包まれているようだ。
　いったいどこから降ってきているのか、赤い花びらがひらひら舞うのも甘酸っぱい情緒があって、柚春は無意識にウォルターに身体を寄せていた。
「こんな素敵な光景を一緒に見られて……良かったです」
「そうだねぇ」
　ウォルターは柚春が身を寄せてきたことに気づいたようだったが、あえて突き放すことはしなかった。
　あまり人がいなかったからか。
　誰も他人のことを気にしている様子がなかったからか。
　それとも――目の前に広がる景色が、あまりに感動的だったからか……。

「感動は、ひとりでするより、誰かと共有できるほうがずっといい」

　彼はそういうと、その日一番の笑顔を柚春に向けた。
　金の髪が光を弾いて輝いている。
　青い瞳に湛えられた優しい光が眩しくて――。
　柚春は思わず瞼を閉じる。
（誰かと共有できるほうがずっといい……）
　かつてはそんな風には思わなかった。
　ひとりでいる方が楽で、心地よくて……。
　でも今は、ウォルターの言葉を理解できる自分がいる。
　そして何より。
（感動を共有できる誰かが、あなたであるってことは、私にとって最上なんだよ――ワット）
　閉じた瞼の裏に映る琥珀色の光。
（これはあなたが放つ光。眩くて、目を開けていられないの）

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