LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～｜リアクション

LUCK COMING ～いつもそばに猫がいた～

「ねえねえ見てみて、しばっち！」
「うん……可愛い、な」
「でっしょー！？」
　嗚呼、恋人の何かに熱中する姿というのはなぜにこうも愛らしく輝いて見えるものか。まったくもって油断した、あけっぴろげな高梨彩葉の笑顔の前に、志波拓郎はいつだってカタナシだ。
「もーっ、ちゃんと見てる？　ほらほら、新郎猫ちゃんだよ♪」
「う、うん。すごく……可愛い」
「でっしょー！」
　とあるブライダルコンサルタント会社の、ＰＲイベントも兼ねるそうだ。ここエノコロ岬にいつからか伝わる、猫恋の鐘にまつわる言い伝えにあやかって、猫たちのカップルを新郎新婦に見立ててしまおう。きっと愛らしいに違いない、結婚を控える恋人たちの耳目を大いに集めること間違いなし、というわけらしい。
　確かに、そう言われている。猫恋の鐘をともに鳴らした恋人たちには、幸福が訪れるという。
（……幸福って、なんだろうな）
　そんなイベントに参加することとなった若い学生カップルであるところの拓郎と彩葉は、まだ鐘を鳴らしてはいない。それを楽しみに岬を訪れたところで、にゃんこたちの麗しい変身を手伝うことになったのだ。
　二人が担当する猫カップルは、おとなしくちょこんと座り、いそいそと着付ける彩葉の手に身を任せている。さすがは人懐っこさに定評ある、寝子島の猫たちだ。
「よしっ、男前になったよ～。しばっち、新婦さんのほうはどう？」
「あ、このリボンが……うまく結べなくて」
「おっけー、まーかして」
　ずずい。ぴたり、拓郎に身を寄せて新婦猫のおめかしを仕上げ始めた彩葉の無防備に、胸の鼓動が止まらない。
（今でも十分、幸せなんだけど）
　例えば、だ。
　例えば目の前の彼女が、このにゃんこたちのようにウェディングドレス姿で、いや日本髪の白無垢姿でもぜんぜん構わないが、なんにせよ拓郎のためだけに美しく着飾って……拓郎自身もタキシードなり紋付き袴なりを着込んで彼女と目を合わせ、ともに歩み、指輪を交換してキスをして……そんな日のことを想像する時、沸き上がる昂揚感。焦燥にも似て、けれど心の奥は穏やかな、撫ぜるような衝動。鼻腔をくすぐる、彼女の香るイイ匂い。
　これを幸せと言わずして、なんと言おうか？
「……あ、あの。しばっち？　急にどしたの？　リボンが結びづらいよ～」
「え？　急に？」
　気が付くと幸福を逃すまいとしてか、拓郎は恋人を両腕できゅっと包み込んでいた。
「……わぁ！？　ご、ごめ……！　お、思わず……つい」
「彼女が可愛すぎて、我慢できなかった？　もーしばっちってば！　えっへへー」
　その腕をほどくのかと思いきや、恋人は逆に自ら身体を押し付け、拓郎の腕の中へ収まろうとする。
（鐘……鳴らすまでもないよな）
　この上で幸せを呼ぶ猫恋の鐘など鳴らしてしまおうものなら、一体どんな幸福が訪れてしまうのか！
　とはいえまあ、恋人や夫婦の愛情が深まるのに悪いことはあるまい。
（しばっちったら、急にどしたんだろ？　びっくりしちゃったよ～）
　拓郎も、抱きすくめた彩葉の顔が真っ赤っかに染まっているのには気づかなかったようだ。ともすれば心臓の鼓動や、こもる熱は伝わったかもしれないが。
　彼氏が己の幸福についてとりとめなく思いを巡らせている間、彩葉も同じように想像をめぐらせていたのだ。
（しばっちはやっぱり、タキシードカナ？　びしっとしてキリっとして、絶対カッコイイ！　私のドレスは、ちょっとスカート短めでセクシーに……と思わせといて、清楚なロングスカートで。しゃなりしゃなりと歩く、いつもと違っておしとやかな私にしばっちもメロメロ……！　なーんてね）

　空想の中での二人はゴールイン間近といったところだが、あながち空想とも言い切れまい。
　そんなふうにふくらんだイメージが、目の前のカップル猫にも投影されていたのかもしれない。
「できたー☆」
「うん。新婦猫は、可愛いし……新郎猫くんも、かっこいい、ぞ」
「うんうんっ、美人さんに男前さん！」
　猫たちは満足そうににゃおんと鳴いて、新婦猫は彩葉のほっぺたをぺろり。拓郎のほっぺたもぺろり。お礼のつもりだろうか？
　恋人たちは顔を見あわせて、思わずぷっと噴き出してしまった。