真夏の夜に対峙する｜リアクション

真夏の夜に対峙する

　スクリーンから映像が消え、暗かった館内にゆっくりと光が灯る。
　座席を埋めていた観客たちが立ち上がって退場して行く中、
「うぐぇ……」
　イザヤは上映中はなんとか堪えていた号泣の声をとうとう漏らした。ひぃん、としゃっくりあげて涙でぐしゃぐしゃの顔を両手で覆う。
「亡き恋人の、かだぎだなんでぇええええええ」
「オイオイ、鼻水出てる」
　えっぐ、と繰り返ししゃっくりあげるイザヤの隣で、リュウジは呆れ顔をしてみせる。
「袖口で拭くな、ちり紙使え」
「ないー」
「って持ってねぇのか、ハンカチは」
「あるー」
　ポケットから皺くちゃのハンカチを取り出してちーんと鼻を噛むイザヤをちらりと見るなり、リュウジは顔をしかめる。
「それいつのハンカチだ汚ねぇな！」
「戦争って、悲劇なんですねー」
　めそめそと泣き続けるイザヤをとりあえず放置して、リュウジは斜め前の席を確かめる。先に立っていればイザヤを蹴とばして追いかけるつもりだったものの、ふたりはまだ席に着いたまま。
(……ふうん？)
　イザヤと同じ仕草で顔を覆う満月の背中を太一が擦っている様子を遠目に観察し、リュウジはちらりと笑む。恋人というよりは家族の様相に見えなくはないが、悪くはない雰囲気だ。
「いつまでも泣いてんじゃねぇアホ」
　とは言え映画で立ち止まってもいられない。
　めそめそするイザヤの頭をぺちんと叩き、介護じみて腕を取って立ち上がらせた。映画館ホールのベンチで満月と太一を待ち伏せながら、リュウジは主から拝借して来たタブレット端末を起動させる。検索するのは次の行き先。そろそろ昼食の時間帯、どうせあのふたりはまたぞろ行先に迷うに違いない。
「えっと……ひ、昼飯、どうしようかねぇ？」
「ええと、……」
　ホールに出てくるなり顔を見合わせてもじもじするふたりを確かめ、リュウジは隣に座るイザヤの膝をぺちぺち叩いた。
「ねーにーちゃん、水族館いこーよ」
「え、水族館？　ご飯食べじゃないんですか？」
「いまだけたべれるアザラシカレーがあるんだって！」
「限定ランチ？　それは楽しそうですね！」
　演技が出来ずに素で返しているとは言え、珍しく役に立つ仕事をするイザヤにリュウジは演技とは言え満面の笑みを向ける。
「うん、げんてー」

　行こう行こうと手を取り合って仲良く走り去る兄弟の背中を微笑ましく見送りつつ、満月は鞄から携帯電話を取り出す。
「アザラシカレーだってさ、太一っつぁん」
「アザラシ肉でも入っているんでしょうか」
　インターネットの検索サイトで調べてみれば、小さな画面に出て来たのはごはんでかたち作られた白い子アザラシが海を模した青いカレーの上、流氷に見立てたモツァレラチーズと遊んでいるように盛り付けされた一皿。
「おや、可愛いねぇ」
「青いカレーってどんな味がするんでしょうね」
　画面を覗き込んでくる太一と肩が触れ合って、満月は思わず身を固くする。スミマセンと咄嗟に謝る太一に首を横に振って見せてから気が付いた。
(あたしゃなんでこんな緊張してるさね？)
　小さな頃からお互いを知っているご近所さんなのに。昔から家族ぐるみの付き合いがある幼馴染なのに。
(そうさね)
　言ってしまえば家族みたいなものなのに。
「太一っつぁん」
　どこか申し訳なさそうな顔をする太一の肩に肩をぶつけてみる。よろけることもなくきょとんと瞬く太一に、満月は顔中で笑った。
「ちょいと行ってみないかい？」