真夏の夜に対峙する｜リアクション

真夏の夜に対峙する

　待ち合わせ場所にしたシーサイドタウン駅前の改札口へと向かいながら、満月は履いてきたスカートをちょこんと摘まんで見下ろす。仕事時と変わらぬジーンズにTシャツで行こうとして弟と姪に全力で止められ、結局この前買った端切れ詰め合わせで自作したスカートを穿いては来たけれど、
(変じゃないかねぇ)
　お互いに普段見慣れた格好の方が気楽でいいような気もするし、弟と姪が声を揃えて言っていたようにこっちの方がいいような気もする。だって、
(で、でぇとじゃないさね！　外出外出！)
　頭の中で反響するふたりの言葉を振り払う。何か別のことを考えようとして行き着くのは、今日の行先。
(そもそも、店ばっか仕事ばっかで)
　休日をどうやって過ごせば良いのかなんて分からない。分からなくなってしまった。
　どうしたものかと頭をがしがし掻いたとき、
「みーちゃ、……満月さん」
　平日昼前であっても人通りの多い改札口近くから太一の声がした。見遣れば、人込みにあっても目立つ熊のように大きな身体。厳つい髭面に気弱な笑みを浮かべて、今日の『外出』を共にする相手が立っている。

「ごめんよ、待たせたね」
「いえ、今来たところです」
　駆け寄って、笑い合って、お互いに照れた顔で視線を逸らす。

「初々しいですねー」
　柱の影から満月と太一の様子を窺いながら、イザヤはむふふと瞳を細めた。そうしてから、打って変わって悲しい表情で柱に爪を立てる。
　付喪神としての魂のうちに満月の兄の意思をも宿しているせいで、『イザさん』は満月を『妹』として認識している。今日はお転婆娘な妹にやっと訪れた『春』を『見守る』べく、こっそりと追跡中だ。
「待ち合わせ場所は駅前か、これまたベタな話だ」
　妹可愛さのあまり百面相をするイザヤを横目、リュウジはふたりを眺めて冷静な分析をする。
「で」
「はいー？」
「お前はどうやって『見守り』とやらを遂行する気だ？」
「え？」
　きょとんと振り返るイザヤの向こう側で、満月と太一は満足に視線も交わせないまま立ち尽くしている。それだというのに、
「後ろから見てるだけですよー、見守り見守り♪」
　『兄』は至極頼りにならない言を吐くばかり。　
　チッ、と見た目三歳児なリュウジは鋭く舌打ちをする。
「……聞いて呆れる」
　呟いて溜息を吐くなり、普段は三歳児らしからぬ皺を寄せた眉間を押し揉んだ。常は不機嫌な力がこもっている柔らかな頬も小さな両手でぐいぐいほぐす。
　お出かけにはしゃぐ三歳児の顔を作って、リュウジはぴょんぴょん跳ねる足取りで柱の影から飛び出した。棒立ちして動かない満月と太一の傍へ近寄る。
「にーちゃん、にーちゃん！」
　いつもは決して出さない、幼く高い声でイザヤを手招きする。
「え？」
「おれ、えーがかんついてるショッピングモールにいきたーい」
　間抜け面でホイホイ近づいてきたイザヤの手をぎゅっと握れば、
「あらリュウくん行きたい所あるの？　おにーさん嬉しい！」
　なんでも聞いちゃう、とイザヤは頬をでれでれ緩めた。
(演技の出来ねぇアホは騙くらかすに限るな)
　イザヤの手を引っ張って歩き始めながら、リュウジは内心に冷たく呟く。
「あっ、ああ、ショッピングモールとかいいですね。映画とか観てみましょうか」
「そ、そうだね、そうするさね」
　背後に聞こえる満月と太一の声には唇が小さく笑む。これで誘導は出来た。
　ふん、と鼻先で笑いつつ、先回りして向かうは満月と太一が行先にと定めた映画館併設のショッピングモール。
(後はアイツ等次第だな)
　ここから先はイザヤの言う通り後ろから見ているだけでいい、そう思っていたのに。

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