【マジコーネ：第４紀 冒険者の時代（２）】

　社長の朝は早い。従業員の誰よりも早く起き、工房のチェックをし、その日の仕事行程を確認し、二度寝をして、再度起きてくるのは誰よりも後である。社長だから、それでいいのだ。
「おはようございますメー、社長」
「うむ、おはよう執事メー」
　メーは名前である。鳴き声でもあるが、羊の執事、名をメーという。見た目はモフっと巨大な羊そのものだがこれで敏腕執事であり、社長より全幅の信頼を寄せられている。と思う、たぶん。執事はそれを自負していたが、なにしろ社長はポーカーフェイスな人物だし、本人からそうと聞いたことはなかった。
「本日の予定は、工房にて新型紡績魔道具の納入の立ち合い、昼は契約農家・牧場の代表との会食、午後からは敷地内の巡回となっておりますメー」
「そうか。では行こうか」
「メー」
　執事の羊にモフっと乗り込み、社長は本日もお仕事へ。
　言ってしまうが、社屋はダンジョンである。紡績工場と工房、社員寮に食堂、ジム、社内保育所も併設され、多くの従業員が明るくのびのびと働く、素敵なダンジョンだ。
「あっ社長、おはようございます！」
「社長、新商品の寝心地を試していかれませんか？　睡眠魔法もエンチャント済みですよ！」
「おはようございます社長、メーさん！　今日も工房は絶好調ですよ！」
「うむ。みんなおはよう。今日もよろしくね。新商品はあとでじっくり試させてもらおうか」
　社長が行けば、従業員たちはそろって笑顔を浮かべて挨拶をし、意気揚々と仕事へ戻ってゆく。工場も工房もいつだって活気にあふれているのは、安定した賃金のみならず福利厚生がしっかりとしているためだ。
　ダンジョンだけあり多くの社員は魔物だが、中には人間も雇用されている。
「社長、無事新しい機械が納入されましたよ。今から試運転なので、確認をお願いします」
「うん」
　この工場長などは人間で、契約農家の一つから出向中の次男坊だが、部下はみな魔物だ。彼は非常に理解ある良き上司であり、部下たちにもすこぶる慕われている。
「こちらが新型の紡績魔道具です。新構造のクランクに、この魔石から伝達される魔力がより強靭かつ魔法伝導率の高い糸を、さらに高速につむぐことが可能で……」
「おお、こいつはいいじゃないか。さっそく増産体制に入ってくれ。執事メー、増設済みの生産ラインはすぐにも稼働できるよね？」
「はい、万事整っておりますメー」
「うむよろしい」
　社長の辣腕ぶりばかりではない、社員への深い思いやりが健全な仕事環境を生み、顧客に愛される素晴らしい商品を生むのだ。
　今期の売り上げも絶好調、経営は順風満帆であった……が、社の運営にあたりいくらか問題がないこともなかった。
「じゃ次は、新型オフトゥンのチェックに行くとしようか。あれの寝心地には期待して……」
「しゃ、社長！　大変です！　侵入者です！」
　繰り返すが、社屋はダンジョンである。金目の物もなくはないし、ダンジョンというだけで冒険者が入り込むことも多い。
　そんな招かれざる客たちの出迎えにもばっちり対応した、安心安全のダンジョンメイクもまた社長の役回りではあるし、事実社屋の侵入者対策は万全であるはずなのだが、
「社長、侵入者は……勇者です！　勇者のパーティがオフトゥンを破壊しながらこちらへ……もうすぐそこに！」
「ほほう、勇者とな。それはそれは、私自ら出迎えねばなるまい」
　今回の相手はなかなかに手練れのようだ。
　どかどか、ばきんと物々しい音が響き、やがて彼らはやってきた。勇者に魔法使いが二人。五匹の使い魔らしい猫に、なぜだかスライムが一匹。
　社員の魔物も人間も怯え顔で遠巻きに見守る中、社長はいつものポーカーフェイスのまま……というか執事メーの背中にモフっと寝ころんだまま、彼らの前に姿を現した。

「どうも。社長の魔王ツクヨミです」
「メー」


　勇者ケイの驚きっぷりといったらなかった。
「つまりここは……会社を経営しているんだね？」
「そのとーり。見事なものだろう？」
　魔王ツクヨミ。魔王であり、社長である。
　会社で製造し販売しているのは主に、寝具類だ。社長、ツクヨミは表情を変えないまま、少々自慢げに手をかざした。
「わが社の生産する寝具は特別製でね。主力商品の『オフトゥン』は契約農家・牧場で採れた高品質の羊毛、アルパカ毛、綿花の妖精の鱗粉を原料とする魔法の糸で製造する紛れもない魔道具だ。睡眠魔法をエンチャントすることで使用者に上質な眠りを提供するという寸法で、売り上げは絶好調。都では人間たちに、各地のダンジョンには魔物たちにも、飛ぶように売れているのだよ。新製品の『ダキ・メィクラ』も間もなく販売開始の予定」
「うわ……これ、すごい魔道具だよ！」
　魔道具使用のスキル持ちなエイジはその手触りや、付与されている魔法の強力にして繊細さに思わず驚愕している。
「魔法のエンチャントは特別なスキルなんだよ、僕も魔法を使うことはできてもアイテムに付与することはできないし、それにこの布の魔力含有率の高さときたらまさしく魔道具にするための布としか……おかげでノノさんもこのとおりだよ」
「すやすやすぴぴー」
　ぽよよんよんと揺れるスライムは白いシーツにぬくぬくとくるまって、すっかり爆睡中だ。
　天才魔女エイジも認める高品質だが、アヤカはちょっと困ったように眉を寄せた。
「あの。私たち、敵だと思って、たくさん壊してしまいましたけど……」
「そういえば、確かに。ゴーレムの一種か何かかと思って」
　ケイとアヤカはバツが悪そうに顔を見あわせた。四つの脚を自由に操り、己の内に大切な仲間を捕らえようとするベッドなど、事情を知らねば戦うなというほうが無理な話だろう。
　実際彼らは魔法の寝具オフトゥンもろともにいくつもベッドを破壊していたが、しかし、魔王にして社長はけろりとして言った。
「あれは侵入者用のトラップも兼ねているからね。気にしない気にしない。なに、お詫びをというなら、少しばかり製造を手伝ってもらえれば助かる。そちらの二人は魔法使いなのだろう？　君たちの協力があれば、さらに上質なオフトゥンやダキ・メィクラが作れるというものだ」
「えっと、はい。そのくらいなら」
「僕も手伝うよ。僕のほうが興味があるくらいだし」
　エイジは前世のいささかオタクっぽい一面が顔を覗かせ、魔道具製造の工程に興味津々。アヤカもまた、使い魔にゃんこたちとこのお布団でふかふか眠ったら気持ちが良さそう……などと、やる気十分なのだった。
「と、いうわけなのだけど」
　ふと魔王は、手持ちぶさたな勇者ケイに含むような目を向け、問いかけた。
「君は勇者、私は魔王。やはり世界の命運をかけて戦うという選択肢もある。どうするかね？」
「いやいや、とんでもない！」
　確かに勇者と魔王、雌雄を決するは必定の流れ……かと思いきや、ケイはあっさりとそれを放棄した。
「僕は平和主義でね。戦いより、本を読んでいるほうが好きなくらいなんだ。それに……」
　ちらり、とかたわらのアヤカを見やり、
「これ以上仲間や、大切な人が傷つかずに済む決着があるなら、こんなに素晴らしいことはないよ」
「うむ、決まりだ。今世の勇者と魔王の戦い、これにて終～了～。さて」
　すい、と魔王は執事メーのみごとな羊毛へ手を突っ込み、おもむろに取り出したるは、なぜだかしゃもじとおたまであった。
「業務提携の前に、魔王特製ふわふわオムライスにふわふわパンケーキをご馳走しよう。執事メー、おもてなしの準備は？」
「完璧ですメー」



　人も魔物も、真っすぐな運命をなぞるばかりではない。枝分かれし連なっていくうち、異端や外れ者もまた現れる。世代を超え永きに渡り続く勇者と魔王の闘争の中には、こんなケースもあったのだ。
　その後、アヤカの手掛けた猫柄オフトゥンは好評を博し、エイジが携わり水魔法を付与されたダキ・メィクラはスライムのごときぷよぷよぷにぷにな寝心地がクセになると、いずれも売れに売れたという。