サイバー、下町、ほのぼの未来｜リアクション

サイバー、下町、ほのぼの未来

●天神平薬局にて

　庵に案内された場所は、３１０商店街の表通りから一歩入った裏道にある薬局であった。店の表には『天神平薬局』という、街並みに似合いの古びた看板が掛かっている。庵はそこの店主であったので、皆が店内に入ると『本日休業』の札を掛けて店頭のカギを掛けてしまった。棚には所狭しと謎の薬瓶が置かれていて不穏だ。自己紹介どおりのマッドサイエンティストなのだろう。
「よし、これで邪魔は入らない。さっそく『幻のラーメン屋台』についてだが……」

　話を聞くにつれ道哉は目を丸くする。
「嬢ちゃんたち、『ラーメン』を、しかも屋台を探してるんだって？　あるのか今でも！？」
「最近噂になってるんだよ。――ネコジマＱ市街のどこかに、幻のラーメン屋台が出没する。『リヤカー』という車に、赤い暖簾、ラーメンと書かれた提灯が目印。屋台の主は『黒猫』だって」
　そこから先の話をスムーズにするために、道哉は天神平薬局にあった予備の眼鏡型モニタをかりた。眼鏡ごしだと動く狛猫たちが実際にその場にいるように見える。
「……それにしてもお前さんらも変わったなぁ。この文化も面白いものだ。私はまた取り残されているな」
　まるで生きているかのような狛猫たちと話せる嬉しさ半分、世界を形作っていたリアルなものがいつの間にかヴァーチャルという実体のないものにすり替わってしまったことへの寂しさ半分。長く生きた分、複雑な想いもあるが、それも時の流れか。致し方あるまいと納得しつつも、
「もしも『幻のラーメン屋台』で本物のラーメンが食せるなら、それはぜひ味わってみたい」
　そう思わずにはいられない。
　うむうむ、と一之助と二右衛門も頷き合う。
「あれは美味い食べ物であった」
「ナルトというのが乗っていてな」
「狛猫さんたちはラーメンを食べたことがあるんだね。いいなあ。いつ、どこで食べたの？」
「大昔でござる」
「それこそ千年以上も昔。祭となるとネコジマジンジャの境内が屋台で賑わっていたころでござるな」
　狛猫たちと同じ思い出を共有できるほど長生きしているあやかしの道哉は、感慨深く顎に手をやる。
「懐かしいね」
「三毛谷さんもラーメン知ってるの？」
「食べたことがあるんだよ、一之助と二右衛門と同じでね」
「そうなんだ！　僕も食べてみたいな～♪　見つけたら一緒に食べない？」
「もちろんだ。私も『幻のラーメン屋台』探しの仲間に加えてくれ」

◇
　
「それにしても、『幻のラーメン屋台』は今どこにいるのかしら」
　まゆらは地図アプリを開いて、このあたりの地図を空中に出した。
「わたしの聞き込みによると、目撃情報はこことここだったけど」
　まゆらが地図上につけた赤丸印をつけると、タルトも情報を加えていく。
「僕たちが聞いたのはここ。ネット上ではたしかこのあたりという噂だったよ」
　それらの赤丸を俯瞰して見て、シオが指摘した。
「３１０商店街の表通りではなく、北側の裏路地に集中していますね」
　すると、庵がポンと膝を叩いた。
「すばらしい！　あたしの調査と一致する」
　視線が彼女に集中したので、わざとらしく咳払い。
「えー、ごほん。天然素材の麺・スープ・具材なんかを使っているなら、ちょっとくらい地面にこぼれてる可能性もあるんじゃないかと思って、地域一帯で妙な物質が落ちてないか調べてみたんだ。組成を分析すれば天然物かどうかはわかるからね。その結果――」
　もったいぶって間を置いて、白衣のポケットの中からハンカチに包まれたあるものを取り出す。
「これを見つけたのさ」
　それは白くてギザギザしたコイン大の物体だった。中心部にピンク色の渦巻きが描かれている。
「こ、これは……！」
　道哉は思わずそれに手を伸ばした。
「間違いない。ラーメンには欠かせない ナルト じゃないか！」
「そう。分析の結果、ラーメン汁と思しき醤油の成分も検出されている。正真正銘、ラーメンのナルトだ」