レディ・ロゼッタの運命考察｜リアクション

レディ・ロゼッタの運命考察

　明日、私はどうなるのだろう。誕生会のように、自分を強固に保てるか。『私』で――『菜々緒』でいられるのか。もし、『彼』が出てきたら、親しくなることができた人々はどうなるのか……。ふらりと迷い込んだ教室で、芽森菜々緒は自分の手のひらをじっと見つめていた。あざ笑うかのように、指先がひとりでに震える。
（出席しないという選択肢もあるわ。逃げてしまえばいい。逃げてしまえば……）
「あ、……先輩？」
声に振り向くと、プラチナブロンドの少女が立っていた。菜々緒はその姿に見覚えがある。誕生会に出席した、一年生のマリベル・ロイスだ。緑の瞳が期待と不安を伴ってきらきらとしている。

「……こんにちは」
「あの、せ、先輩。この間は誕生会に招待していただいて！」
マリベルは菜々緒に向かって、勢いよく頭を下げた。だが菜々緒の心中は穏やかではない。無防備に、不安におびえる自分を見られたかもしれないという戸惑いがあった。
「と、とんでもないわ。来てくれてありがとう」
とっさに左手を後ろに隠す。その手首にはシュシュがつけられていたことをマリベルは見逃さなかった。
「あっ、あの。ウチが贈ったシュシュ、使ってくださってたんですね。うれしいです！　ありがとうございま、しま、いましま……か、かんじゃった。あはは……」
喜びながら冷や汗を流して照れるという器用な真似をしてみせるマリベルに、思わず菜々緒も笑みを漏らした。
「ふふっ。気にしなくていいのよ」
「あ。先輩、笑ってくれましたね。よかったぁ。何やどこか痛いとか、困ってるのかとか思ってましたもん」
無邪気な下級生との他愛もない会話。菜々緒が手に入れたばかりの「心地よいもの」のひとつだった。
　マリベルは『ひと』だ。自分が『ひと』であるということすら、彼女には気づく必要のないことだった。セブン事件は凶悪犯罪者の騒動としか思えないし、もし神魂の影響を目にしたとしても、気のせい、目の錯覚と無理やりにでも見過ごしてしまう。そんな彼女が菜々緒を気遣うのは、純粋に先輩を慕い、今の様子を心配しているからだった。
（左手、ケガしたんかな？　かばってるみたいに見える）
「こ、今度は、みんなでどっか行けたらええですね」
「ええ。そうね」
菜々緒の瞳が揺れる。
「……聞いてくれるかしら」
突然切り出され、マリベルは「はいっ！」と姿勢を正した。
「実はひとつ、誘いを受けているのよ。でも、行っていいのかどうかわからないの」
「行ったほうがええですよ！　行ってください。何かあったら、み、みんなと一緒に解決できるかもしれないですから」
マリベルは即答した。
「迷惑になってしまわないかしら」
「そんなわけないですよ！　先輩のこと考えてくれてる人はいっぱいいます。断っちゃだめです」
菜々緒はしばし目を閉じて、マリベルの言葉を聞いていた。そしてそっと目を開く。
「ありがとう、ロイスさん。励ましてくれて……よかったらあなたもどう？」
「ええっ、う、ウチは誘われてるわけじゃないですし、遠慮します！　先輩が元気で、出たならウチはそれだけでうれしいですから……失礼します！」
マリベルはぎくしゃくとした動きのまま後じさり、教室を出て行く。最後にぺこりと頭を下げ、こう言った。
「次のお出かけイベントがあったら、ウチ一緒に行きますから！」

「どうなるかわからないけれど……やっぱり、行ってみたいわ」
最悪の事態が起こりかねないという恐れに、信頼してみたいという気持ちが勝る。菜々緒は明日の女子会への参加を心に決めた。