レディ・ロゼッタの運命考察｜リアクション

レディ・ロゼッタの運命考察

　授業中の芽森菜々緒はいつも通り、に見えた。静かで、どこか物憂げで。しかし、その様子に言葉では説明できない異常を感じ取っているものがいた。クラスメイトの月居歩は、菜々緒の白い横顔を見ながら、自分は彼女に何をしてやれるだろうか、と考えていた。
「怪人セブン、ねぇ……」
歩は通学かばんの奥に押し込めた招待状を思い出す。『怪人セブンを探してください』というメッセージが、自分に向けられたものとはとても思えなかった。
（セブンの事件があった時、やたらとクラスに押しかけてくる奴が増えたっけ）
こともあろうに連中は、学友、そして先輩である菜々緒をセブンの疑いがあるだの、関係者の可能性があるだの、果てはあいつが犯人に違いないだのと言って、授業の前だろうが後だろうが関係なく、この三年七組に集まってきたのだった。歩はまた、熱心に授業を受けている（ように見える）菜々緒に目をやった。
（またあいつのところに、どやどや人が詰めかけるんだろうな……）
想像するだけでうんざりした。不愉快だった。不躾な態度で、彼女を不快にさせる者も少なくないだろう。この気持ちがどこから来るものなのか、歩にはまだわからなかったが、クラスメイトの少女が好奇の目にさらされ、傷つけられるのを黙って見ていることはできないと思った。
（……ったく。放っておくわけにはいかねぇよな）

「芽森。疲れてるんじゃねぇか？」
休み時間に、歩は菜々緒に声をかけた。体調の話題を振ったのは、半分は本当に気遣っているから。半分は話の糸口をつかむためだ。
「月居君。急にどうしたの？　私はどこも悪くないわ」
若干いぶかしげに菜々緒は答えた。さすがに素直に、『セブンを探してくれなんていう変な手紙が来たせいで、疑われているお前のことが心配で』などとは言えない。
「あー……実はさ。ちょっと絵のことで話ができたらと思って」
完全な嘘はすぐにぼろが出る。歩は真実の多分に含まれた、芸術家の同級生としての共通の関心事に話題を切り替えた。
「あら。最初からそう言ってくださればいいのに」
つんとした態度は崩さないが、絵の話題となれば話は別だ。菜々緒は興味を示し始めているようだ。
「月居君は水彩画が専門だったでしょう？　油絵が主の私が相手でいいのかしら」
「ああ。違うタイプの絵描きから意見とか、刺激をもらうのもいいかなって、な……あんまり聞ける相手多くないし」
納得がいくと言いたげに菜々緒はうなずいた。ここで無情に始業のベルが鳴る。
「ああ、よかったら……帰り、話の続きできねぇかな!?」
「ええ、いいわ。放課後にね」
歩は機を制して、授業が終わった後の約束を取りつけた。いつもより積極的な自分に、我ながら少し意外に思う。絵のことを話してみたいのは本当だ。菜々緒は自分とは違った観点から芸術に関わっている存在だ。技法、経験、絵と向き合う姿勢、聞いてみたいことは山ほどある。
（どこまで興味を持って、関わっていいのかはわからねぇ……けど。芽森が噂好きの下種どもにもみくちゃになって落ち込んじまう、そんな姿は見たくない。人と関わるなんて柄じゃねぇのに、首突っ込まずにいられない。俺もずいぶんと面倒な性格してるもんだな）
そう思いながらも、歩は自分の決断を心地よく感じていた。

このページにイラストを設定する