レディ・ロゼッタの運命考察｜リアクション

レディ・ロゼッタの運命考察

　新井米太郎はその日の昼休み、学校を飛び出していた。午後の授業にはおそらく間に合わないだろう。
「仕方ないよね。確かめなきゃ気がすまないんだ」
米太郎の足が向く先は、シーサイドタウンの中でも、特に異質な空気を放つ場所。誰もいないはずの廃ビルだった。人がいないというのは表向きの話。『シーサイド九龍』と陰で呼ばれるこの場所は、陽の当たる場所を歩くことができない連中のたまり場となっている。そんなところに一介の男子高校生が入っていくというのは、少々妙な光景ではあった。

「ジニーさん、いる？」
米太郎が呼びかけた部屋の主――ジニー・劉は電話中だった。携帯電話を離さず会話を続けながら、片手で米太郎に『その辺に座っとけ』と示す。
「あぁ？　だからよお、その辺をもうちっと説明して欲しいって言ってんだろ。な？　頼むよ……」
米太郎は薄汚れ、やや傾いたソファに腰をかけてジニーを待った。『情報屋』として仕事をしている姿を見るのは初めてだった。へらへらと話していたジニーの声音が、瞬間、凄みを帯びたものに変わる。
「いい加減にしてくれや。お前さんの『あれ』、表に出しちまってもいいのかよ？」
その後、あっさり話はまとまったらしい。ファックスから何やら重要そうな資料が吐き出されるのをジニーは満足げに見ていた。携帯電話を懐にしまい、米太郎に向き直る。
「よう坊主。待たせたな」
「すみません、お仕事中に。あの、今のは……？」
米太郎のポケットからのぞく薄紫の封筒を指差し、ジニーはにやりと笑った。
「そいつ関係、だ」
ジュースの缶を投げてよこす。米太郎は難なく受け取って、缶を開けた。……ぬるい。
「ただし俺が調べてるのはセブン本人じゃねえ。あいつから逃げてきたオッサンと、拉致されたって連中のことだ」
「ふうん……。同業者さんに？」
「いや、今のは警察だな。なかなか情報くれねえんで、ゆすってた」
米太郎はぶっとぬるいジュースを吹き出した。
「うわっ！　やめろよ、ただでさえこの事務所汚ぇんだからよ……」
「あわわごめんなさい！　で、でも、ゆすっ……」
「教えてください、じゃ情報は手には入らねーんだよ。こんな世界に生きてると『たまたま』誰かの弱みを握っちまうこともあって、なぁ？」
ジニーはどこからか米太郎が持つものと同じ封筒を取り出した。レディ･ロゼッタと名乗る女性からの招待状である。ジニーがロゼッタからの招待を受けるのはこれが二度目であった。
「失踪・拉致の被害者は全員もれいびだ。裏の知り合いにも当たった結果わかったことだがな」
「やっぱり……！」
米太郎もどこかで予想はしていた。セブンなら、もれいびだけを狙ってさらう理由がある。そして『彼』なら、もうひとつ、ターゲットを選ぶための条件があるはずだ。
「悪いもれいび、ばっかりなんだろうか……」
「さあな。だが、おそらくろくな連中じゃねえだろうさ」
「あの、ロゼッタって人が悪いこと企んでる可能性は？」
「あぁ？　俺はあいつに会ったことがあるが、そんなやつじゃねぇよ。単純に、あいつの運命を占いたいんじゃねえか？　ま、職業病ってやつだな」
「そんなもんかなぁ……」
「なもんだろ。俺はこれから逃げ延びたオッサンの身辺を洗う。仕入れた情報はてめえらガキもれいびどもにも流すから安心しとけ。危険な目に会いそうになったら逃げろ。余計な首は突っ込むなよ」
ジニーはそう言うと米太郎をさっさと事務所から追い出してしまった。連絡先は交換してある。再び静かになった事務所のソファで、ジニーは煙草に火をつけた。

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