【七夕】鵲の翼を渡って～七夕ゆかたまつり 1371～｜リアクション

【七夕】鵲の翼を渡って～七夕ゆかたまつり 1371～

「今日こそ！　今日こそ彼氏ゲット！」
「そういうことを大声で言っちゃうからだめなんじゃ……」
　紺色地に大輪の花火が咲く華やかな浴衣を纏い、結い上げた髪に気合の入りまくった花飾りを幾つも挿して拳を夕空へ突き上げる友人の有沢茉奈を、水上桜はそっと窘めようとして、
「何か言った？！」
　鋭いまなざしでにじり寄られてしまった。
「言ってません……」
「ならば良し！」
　視線を逸らす桜に大きく頷いて、茉奈は桜の浴衣の腕に腕を絡ませる。
「それじゃ、今日こそ逆ナン成功させるわよ」
　さっきよりも声を潜めるあたり、もしかしたら少しは気にしてくれたのかもしれないと桜が思ったのも束の間、茉奈は夕暮れの参道商店街を行く浴衣姿の人々を眼光鋭く見据え始める。あまつさえ、
「あの急ぎ足は彼女のもとへ向かうと見た」
　だの、
「浴衣姿は五割増しだから五割引いて考えねば……」
　だの、声を掛けるべき男性の品定めを始める。
　腕に腕を絡められては逃げるに逃げられず、増して逃げたところできっとすぐに掴まって怒られたり拗ねられたりするのが目に見えていて、桜は茉奈の男漁りの声を聞きながら立ち尽くす。
(折角のゆかた祭りなのに)
　水面模様に花びらが浮かぶ水色地の浴衣を見下ろす。結い上げた髪に飾った蜻蛉玉が揺れる気配に小さく首を傾げてみる。年相応の可憐さに少し大人びた雰囲気を絶妙に絡み合わせてみたつもりだけど、出掛けに姿見で確かめては来たけれど、自身の評価が他人と重なるとも限らない。
　それはきっと茉奈も同じ。

「友達だから言うんじゃないけど」
「ん？」
「茉奈は可愛いよ」
「ありがと」
　ふふ、と笑みを零す茉奈は本当に可愛いと思う。それこそ七夕飾りの下に大人しく佇んでいれば、確実に声がかかるだろう。
「でも」
「でも？」
「積極的過ぎて逆にドンびいちゃうよ……」
　だからおとなしくしようよ、と懇願じみて伝えてみても、茉奈は目を三角にして首を横に振る。
「大人しく待っていたところで彼氏ゲットのチャンスは訪れるか？！　否！」
　断固とした口調で怖い顔をする。そういうところじゃないかなと思いながら、桜はせめて茉奈がカワイイ顔をするようにと手に提げていた巾着袋から携帯電話を取り出した。起動させたカメラアプリを自撮りモードに切り替え、自分と友人とに画面を向ける。
「ほら茉奈、笑って」
「SNSにアップする？　彼氏見つかる？」
「……ニューヨークの家族に送るの……」
　桜が携帯電話を操作しているうちに、茉奈は彼女曰く『イイ感じ』の男性を見つけて突貫し、すげなく断られて帰って来た。
「意気地なしめ」
　チ、と舌打ちまでして茉奈は毒づく。彼氏ゲットが叶わずイライラしてしまう友達の背を、桜はぽんぽん叩いて宥めようとする。
「ちょっと、茉奈落ち着きなよ……」
　そんな怖い顔してちゃだめだよ、と言いかけて、火に油を注ぐだけかもと口を噤む。海開きの日も大晦日もお正月もお花見も、気合を入れて逆ナンパに励んでは悉く念願の彼氏ゲットならなかったのは、やっぱりこのどうしようもないくらいの気合の入り方が原因だと思うのだけれど。何度言ったところで、茉奈はイベント毎に彼氏ゲットに街へ繰り出す。桜を連れて。
　友達の願いが叶えばいいのに、とは思う。そうすればイベント毎に引きずりまわされることもなくなる、
(……のはちょっと寂しい？　いや寂しくはないか……)
　傍らの茉奈に気取られないように小さく息を吐く。
「茉奈」
「ん？」
「あっちで笹に短冊をつけてるよ」
　寝子島神社の鳥居の方を指さし、桜は友達の手を引く。とにかく一旦落ち着かせた方がいい。
「願い事を短冊に書いてみたら？」
「願い事ねえ……」
「ついでに神社によってお参りしたらきっといいことあるかも？」
　ね、と笑いかける桜に、茉奈はちょっと考える。
「そうよね」
　頷いて心が決まれば、茉奈は桜の手を逆に引いて笹の葉が揺れる鳥居へと元気いっぱい歩き出した。
「彼氏ゲット、って書くよ！　桜も一緒に願掛けしてよね！」
「はいはい」

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