今にも鵲が渡って行きそうな青空に架かるいっぱいのお祭り提灯、高々と掲げられた笹に揺れる色とりどりの七夕飾り。初夏の風に涼やかに揺れる吹き流し、折り紙で丁寧に作られた網飾りやくす玉、輪飾りに折鶴。
　色鮮やかな七夕飾りの合間合間には、賑やかな色合いの屋台が並ぶ。
　キッチンカーで出店しているたこ焼き屋や串焼き屋、カレー屋にケバブ屋、昔ながらの天幕を広げるかき氷屋に綿あめ屋、お好み焼き屋にお面屋。
「お祭りだーー！！」
　参道商店街にずらりと並ぶ屋台の屋根を琥珀色の瞳に映し、メリィ・ランページは心が昂るままに華やかな声を上げた。
　黄色のメッシュが入った黒髪を揺らし、その髪に挿した花飾りも揺らし、楽しい気持ちのままにその場でくるくるとターンする。ひらりと揺れる浴衣の袂が綺麗で、耳元でしゃらしゃら鳴る髪飾りの音がくすぐったくて、くるくる回る視界に入って来る浴衣姿の人々がみんなとても楽しそうで、くすくす笑う。
　くるくる回ってぴたりと止まった視界の真ん中には、浴衣姿のリリエル・エーテライトの笑顔。
「今年も七夕のお祭り賑やかですねー」
　結い上げた金色の髪をぱたぱた揺らすリリエルの背に、同じようにぱたぱた楽しそうに羽ばたく純白の翼が見えた気がして、メリィは琥珀の猫目を笑みに細めた。
　星幽塔の住人であるリリエルの背にあるはずの小さくて真っ白で可愛い翼は、寝子島に来ている今は隠れている。
　虎の子であるメリィの頭にあるふわふわの耳も、今は結い上げた髪の中。尻尾は浴衣の下に上手に隠している。
「リリエル、早く行こ！」
　歓声をあげんばかりの勢いで、メリィはリリエルの手を取る。
「メリィちゃん、どこから見ていきましょう？」
「どこがいいかな？　何がいいかな？」
　たくさんの人々が行き交う参道商店街の道を、ふたりは手を繋いで歩く。彦星と織姫の顔出しパネルに顔をはめて笑いあってみたり、焼きそば屋のソースの匂いに惹かれてみたり、風に揺れる笹の葉の音に耳を傾けてみたり。
「あ！　メリィちゃん！」
　足取りも軽く寝子島神社へと向かっていたリリエルがふと声をあげた。
「リリエル、なになに？」
「金魚すくいです！」
　リリエルが白い指で指し示す先には、ビニール張りの水槽が置かれた金魚すくいの屋台。紅白の屋根の下では、緋色の金魚や黒の出目金たちが小さな鰭をひらひらさせて涼し気に泳いでいる。
「今年こそは私も金魚すくってみせますよ！」
　リベンジです、と空色の瞳をきらきら輝かせるリリエルの両手を、メリィはぎゅっと握った。
「頑張れリリエル！」
「メリィちゃん！　応援よろしくです！」
「よーく狙ってナナメにスーッて掬ってシュバッてお椀に入れるんだよ！」
「やってみます！」
　去年のリベンジに燃えるリリエルに感覚的な、けれど出来る限りのアドバイスをして、メリィは金魚すくいのお爺ちゃんに声を掛けるリリエルのめいっぱい張り切る背中を見送る。
　黄色い枠のポイと黄色いお椀を手に、リリエルは水槽の前に気合十分しゃがみこんだ。
「頑張れーリリエルー！」
「頑張ります！」
「フレー！　フレー！」
　傍らにしゃがみこんだメリィからの声援を受けながら、リリエルは浴衣の袂が濡れないように片手で抑えながらポイを構える。
　お陽さまの光にきらきら鱗を光らせひらひらゆらゆら泳ぐ金魚のいっぴきに狙いを定め、
「よーく狙って……」
　メリィのアドバイスを呟く。
「てやー！」
　掛け声とともに水の中にポイを突っ込んであげた枠の中には、ぴちぴち跳ねる金魚がいっぴき。
「やりました！」
「やった！　すくえたー！」
「メリィちゃんの応援とアドバイスのおかげです」
　金魚がぴちぴちするポイを手にしたまま、リリエルはにこにこ顔でメリィを見遣った。
「この調子でもう一匹……」
「あ、でもリリエル、早く入れない、と」
　嬉しいばかりのリリエルとちょっと慌てるメリィの視界の端っこ、ぴちぴち跳ねる金魚が濡れて弱った紙を破いてお椀へと飛び込んだ。
「ああー！！」
「……あ……」
　破れて使い物にならなくなったポイにメリィが悲鳴をあげ、リリエルが目を瞠る。空色の瞳にみるみる涙が溢れるのを目にして、メリィはぐぬぬと歯噛みした。
「おのれ金魚めー」
「メリィちゃーん……今年も仇うちよろしくですぅ……」
　たった一尾だけの成果にしょんぼり肩を落とすリリエルに、メリィはぐっと胸を張る。
「まっかせて、リリエルのカタキは討ってあげるんだから！」
　琥珀の瞳をキラキラ輝かせ、メリィは店のお爺ちゃんからポイを受け取る。浴衣の袂を二の腕までまくり上げ、正に虎視眈々、金魚たちを見据える。
「こーいうのはね、」
　言いながら、水面に対して斜めに、ポイの紙に衝撃を与えずスーッと静かに金魚を一匹掬い上げる。わ、とリリエルが歓声を上げるより先、掬われた金魚が気付くよりも先、シュバッと素早くお椀に入れる。
「スィー、シュバッ！！」
　狩りの本能をむき出しにしたような楽し気な笑顔を浮かべながら、メリィは次々に金魚を掬う。

「スィー、シュバッ！　スィー、シュバッ！」
　一匹二匹、順調に金魚を掬い上げるメリィのお椀にはあっという間に赤や黒の金魚たちがぴちぴち泳ぎ始めた。
「流石メリィちゃんです！」
　枠の端っこに斜めに残った紙で三匹も金魚を掬ったメリィに、リリエルは思わず拍手する。親友の惜しみない賞賛を得意顔で受け取り、たくさん取ったねぇと笑う店のお爺ちゃんやいつの間にか周りで観戦していた浴衣姿の人々にも笑顔を向け、メリィは金魚がひらひら泳ぐ透明袋を手に高々と掲げた。その隣でリリエルも自分の金魚を嬉しく見遣る。一匹だって成果は成果だ。

「今年も金魚大量ですね♪」
「えへへ、ちゃんとお世話してあげなきゃねー」
　戦利品を手に次の行き先を見回すメリィと手を繋ぎ、リリエルは周りを見回す。目移りしてしまうくらいたくさんの露店をわくわくと眺めていた空色の瞳が止まったのは、寝子島神社の石段の上、鳥居の左右に掲げられた一際大きな笹。
「そうだ！　短冊に願い事を書きに行きましょう♪」
「たんざく」
　おいしいの？、と首を傾げるメリィにリリエルは笑顔を向ける。
「願い事を書いて笹に結ぶと金平糖がもらえるらしいですよ！」
「コンペイトウ？　おいしい？」
　ますます首を傾げるばかりのメリィの手を引き、リリエルは神社へと足を向けた。楽し気なリリエルの足取りに、メリィの足取りもつられて弾み始める。
「よく分かんないけど、なんだかすっごくおもしろそー！」
　手元の金魚たちはひらひら、一歩先を行くリリエルの金色の髪もひらひら、あちこちの七夕飾りもひらひら。綺麗なものがたくさん目に入って来て、メリィの心はふわふわ跳ねる。
「行こ行こ！　タンザクとコンペイトウがあたしたちを待ってる！　かも！！」
　きゃあきゃあと石段を駆けあがり、鳥居の傍で短冊の束を手にした神社の巫女さんにリリエルが声を掛ける。
「すいませーん、短冊二つもらえますかー？」
　リリエルは黄色の短冊、メリィは水色の短冊をもらい、鳥居の脇に設けられた卓でふたり並んで願い事を書き込む。
「お願いごとかー、あたしのお願いごとはひとつだけだね」
　なにひとつ迷うことなくさらさらと書き込むメリィの隣、リリエルも楽し気に願い事を書き、笹に結ぶ。
「これでよし！　メリィちゃんも願い事書きましたかー？」
「えへへー、ないしょー！」
　メリィの願い事が気になるリリエルが覗き込んでくるのを短冊を両手に包んで隠しながら、メリィはリリエルの短冊の隣に自分の短冊を結びつける。
『来年もメリィちゃんと七夕祭りにこれますように』
　黄色い短冊に書かれた願い事が目に入った途端、メリィは琥珀の瞳を輝かせてリリエルを振り返る。
「あたしもね、リリエルと一緒のお願い事しちゃった！」
　黄色の短冊と仲良く並んで揺れる空色の短冊に書かれた願いごとは、
『来年もリリエルと一緒に七夕祭りに来られますよーに』
　どちらもお揃い、一緒の願いごと。
「へへへ」
「えへへ」
　メリィとリリエルはくすぐったい笑みを交わし合う。
「お願い事一緒だから、絶対叶うよ！　ユージョーはエイエンフメツだってエライ人も言ってたし！」
「はい、ずっとずーっとお友達です！」
　お互いの手をぎゅっと握りあい、ふたりはまた歩き出した。
「行きましょう、メリィちゃん！」
「早く行こ行こ！」
　茜の色が差し始める空に、メリィの笑い声が響く。
「ちょーたのしーい！」