藍色に猫が遊ぶ絵柄の浴衣姿で、響 タルトはちょっと爪先立ってみる。
　花柄に格子柄、レトロ柄に蓮華の花にと色鮮やかな浴衣の色で溢れる神社境内の人波に探すのは、浴衣祭りを一緒に過ごすと約束をしたマーガレット・ライカー。
(マガレちゃん、どんな浴衣姿かな)
　いわゆるBLを好む同好の士であるマーガレットは、両親共に英国人でありながら本人は兵庫県神戸市生まれ、母が男爵家の出ともあって、星ヶ丘寮に住まうお嬢様だ。
　そのマーガレットがどんな浴衣を纏ってくるのか楽しみにしていたのに、
「タルト先輩、お待たせしました」
「え？」
　石段を登って来たマーガレットの姿に、タルトは栗色の瞳を瞠った。
「なんで巫女装束？」
　寝子島神社に務める巫女さんたちとはかたちが違うものの、紛うことなき巫女装束姿のマーガレットは、銀髪縦ロールに蒼い瞳とあってひどく目立つ。集まる人目に少し恥ずかしそうに瞳を伏せながら、マーガレットはタルトの隣に立った。
「浴衣持ってきてなかったのでレンタルしたんですけど、ちょっとした事故のせいで浴衣が濡れてしまって」
　色々あって、と言葉をぼかしながら、マーガレットは巫女装束の袴をつまむ。
「こちらを貸してもらいました」
　これも悪くはないですけど、と白い頬を薄紅に染めるマーガレットの様子に、タルトはことさらにはしゃいだ声をあげた。
「すごく可愛い！　ギャップ萌えだね♪」
　巾着袋から携帯電話を取り出してカメラアプリを起動させ、巫女装束姿のマーガレットを激写する。真正面から斜め横から斜め下からと角度を変えて何枚も写真を撮る。
「弟に見せびらかしてやろう」
「やめてください、恥ずかしいです」
　悪戯っ子のような笑顔を見せれば、マーガレットはようやくいつものように笑ってくれた。
(こんなかわいい子を誘わないなんて)
　くすくすとお淑やかに笑う年下の女の子の姿に、タルトは心の中で弟にパンチを食らわせる。
(ヘタレにも程があるよね)
　BLに走りもしないくせに、と付け加えてしまうのは、BL愛好家の性というかなんというか。
「それじゃ、行こっか！」
「はい」
　浴衣姿とタルトと巫女装束姿のマーガレットは仲良く並んで境内を歩き始める。まずは何をして遊ぼうかと境内にずらりと並ぶ屋台を見回したタルトが最初に目に止めたのは、緋色や黒色の金魚たちがひらひらと泳ぐ金魚すくいの屋台。

「よし、金魚すくうよ♪」
「金魚すくいとか射的はやっぱり定番ですよね」
　浴衣の袂と巾着袋をぱたぱた揺らして屋台に一直線なタルトの後を追いながら、マーガレットは頷いた。
　先に屋台のお爺ちゃんにお金を払ってポイとお椀を手にしたタルトは、けれど水槽を覗き込んでじっと考え込んでいる。
　後から追いついて同じように金魚すくいの道具を手に隣に並んだマーガレットの耳に届いたのは、
「あの金魚たち仲良さそう……」
　いつもと言えばいつもの如く、並んで泳ぐ二尾の金魚たちをカップルに見立てて妄想、もとい想像力を逞しくするタルトの呟き。
「こんな薄い紙で網を作るとかよく考えつきますよね」
　タルトの妄想に慣れっこなマーガレットは、タルトの呟きにうんうんと頷きながらポイを構える。金魚すくいは実は結構得意なマーガレットお嬢さま、滑らかな動きで水面にポイを差しこむ。
「縦の動きは最小限にしつつ、横の動きで掬い上げるんです」
　静かな声で解説しつつ、手慣れた仕草で金魚を掬う。その鮮やかさに見惚れたタルトは一匹掬うなりポイを破いてしまった。
　マーガレットはほどほどのところで金魚すくいを切り上げ、お椀いっぱいに掬った金魚の中からタルトの気にしていた二尾だけを選んで水入りの袋に入れて貰った。金魚の入った袋をそれぞれ手にしながら、次に向かうはたこ焼き屋。
「美味しそう♪」
　一舟ずつ購入したたこ焼きを手に、境内の樹の下に置かれたベンチで一休み。一つ口に運んで熱い美味しいとご機嫌なタルトの傍ら、マーガレットは楚々とした仕草でたこ焼きを食べるなり、小さな溜息を零す。
「このタコ焼き、祭りの屋台のタコ焼きにしては悪くはないと思うのですが」
「えっ？」
「少しソースが少ないのが残念なところですよね」
「マガレちゃんは関西出身だから味にこだわりがあるのかな？」
　こだわらぬ笑顔でたこ焼きをもぐもぐするタルトに、マーガレットは首を傾げる。こだわりがあるのかと言われると怪しいところではあるけれど、
「ただ、やはりタコ焼きはソースが鉄板だとは思います」
　何もつけないのが通なんだと言うひともいる。塩に鰹節が至高だと言うひともいる。マーガレットはソースでたこ焼きが溺れるくらいが最高だと思っている。
「ソースは肝心だよね、家ごとに味が違いそう」
　ソースにこだわりを見せるマーガレットに頷いてから、タルトはふと関西とたこ焼きについての伝説を思い出した。
「よく関西あるあるネタで聞くけど……マガレちゃんみたいなお嬢様のおうちでもたこ焼きプレート持ってたりする？」
「ありましたよ」
　至極当然のように頷くマーガレットに、タルトはやっぱりそうなのかと感心する。
「父が知人から関西に住むなら持ってないといけないとか言われて、私が記憶する限りでは一回使われただけでしたけど……」
「なるほどー、メイドさんが焼いてくれたりはしないのか」
　ネタ的にはメイドさんが焼いてくれた方がオイシイかも、とどんなことに対しても作品のネタを掴もうとするタルトに創作者としての鑑を見た気がして、マーガレットは瞳を細めた。ならばもうひとつくらい『お嬢様』なネタを提供せねばなるまい。
「……母はそういう庶民じみたものは露骨に嫌いので、今もどこかにはあると思うのですけどね」
　それに、とマーガレットはそっと付け加える。父が教わった『関西人としての常識』は色々と間違っている可能性もある。別の話によると、神戸市のある兵庫県ではたこ焼きをソースではなくお出汁で食べるらしい。
　その話をすると、タルトはちょっと考えた。
「明石焼きだねー。厳密に言うとたこ焼きとは生地が違うらしいんだけど」
「そういうものもあるのですか」
　同じ神戸でも場所によってはたこ焼きが主流だったり明石焼きが主流だったりするのかもしれない。そんなことを考えながら、タルトは最後の一個をぱくり。
「でも、僕は今度本場のたこ焼きも食べてみたいな」
　まだまだ熱いたこ焼きをはふはふしながら笑うタルトに、マーガレットは関西に来た時はぜひ、と笑みを返す。

「いいお店紹介しますよ」
　同じように最後の一個を食べ終え、空になったパックを屑籠に捨てるなり、タルトはぴょんと飛び跳ねた。
「射的！」
　嬉しそうにタルトが指し示す先にはさまざまの景品を並べた射的屋。
「先輩、射的上手いんですか？」
「得意だよ、友達に教えてもらったんだ」
　行こう行こうすぐ行こうとマーガレットの手を引き、タルトは射的屋まで急ぐ。店員のお兄さんに料金を払い、慣れた手つきで空気銃にコルク弾を詰めながら、
「どれ狙う？」
「では、」
　わくわくとした瞳で銃を構えるタルトに、マーガレットが白い指先で示すのは小さな犬のぬいぐるみ。
「狙えますか？」
「まっかせて！」
　タルトはいつか教えてもらった射的のコツを思い出す。
(久しぶりだけどいけるいける)
　自分に言い聞かせながら思い出すのは、それを教えてくれた彼の顔。
(元気にしてるかな……)
　ちらりと思うも、傍らで見守っていてくれるマーガレットの気配に小さく息を零す。今は、彼との思い出よりマーガレットとの時間を大事にしよう。
　あとで書く予定の笹の葉の短冊には、『みんな楽しく過ごせますように』と書こうか。それとも、『素敵なBLに出会えますように』と書こうか。
　どちらも捨てがたいなとつらつら考えながら、タルトは狙いを定める。
　どちらを書くにせよ、
(うん、いいネタは大事だね！)
　それだけが真実だときっぱり定めて引き金を落とす。
　ぱん、と軽快な音と共、狙い通りに小さな犬のぬいぐるみがこてんと倒れた。