寝子島の風にのって、ふわふわわ～｜リアクション

寝子島の風にのって、ふわふわわ～

　お祝いには花を。
　片手に溢れるくらいの花束を抱き、小山内海は亜麻色の髪を花の香の風に揺らす。左は浅海、右は深海、色味の違う瞳に映して微笑むのは優しく香り立つ腕の中の花──ではなく、傍らに立つ御剣刀の墨色の瞳。

　刀が大切に片手に乗せた黒髪緋眼の人形──ルヴィアにも淡く笑みかけ、もう片方の腕に腕を絡める。
　女の子の柔らかな手の感覚に、照れくさそうにくすぐったそうに笑ったかと思えば、刀はひどく優しい瞳で海を見遣った。互いにまなざしを交わして微笑み合って、ふたりは花の中に背筋を伸ばす。

「お祝いだ」
　刀が囁き、海が頷く。
　これはお祝い。
　海と刀が、刀とルヴィアが、みんなが出会った世界への祝福。
　足元に咲き乱れる花々が揺れる。優しい風に色とりどりの花びらが晴れ渡った青空へと舞い上がれば、祝福のかたちそのままに七色の虹がふわりと開いた。
　虹が空に咲く音を聞いた気がして、ふたりは振り返る。花咲く大地に架かる虹を確かめ、刀は小さく腰を屈める。海は爪先を伸ばす。頬を寄せ合うようにしてまた笑いあう。

　薄紅、青紫、淡黄、色とりどりの花を集めて作った花束を手に、五十嵐尚輝は考え込む。
「これでいいのでしょうか」
　お祝いの花を作ったはいいけれど、尚輝には華やかな場に相応しい花束が分からない。花の中に座り込んで思案する頭にふわり、柔らかな感覚が降った。伸ばした指先に触れたのは、丁寧に編んだ花冠。瞬く瞳に映るのは、
「綺麗ですね、尚輝先生」
　御巫時子のどこまでも優しくて柔らかな微笑み。

　淑やかな三つ編みの頭に花冠を乗せた少女は、尚輝の隣に膝をついた。花冠に触れつつ、お揃いです、とはにかんだ笑みを浮かべる。

　お祝いの花束を大事に抱える人々を闊達な栗色の瞳に見回しながら、落合まゆらは唇をちらりと尖らせ思案する。お祝いにお花ももちろんいいけれど、自分が出来るお祝いは一体何だろう。
　足元に満開の花々を見下ろす。
　お祝いのこの日のために纏った綺麗な衣装を見下ろす。
(まるで)
　思い浮かぶのは、鬱屈していた人生を変えてくれたアニメの主人公の少女。
　第六話目で彼女が着ていた服もこんな感じだった。胸元には鮮やかな花の刺繍、踏み出す度にさらさらと揺れるスカート。

　花の中で高らかに歌い上げた少女の姿をなぞってみようか。
　彼女のようにはいかないかもしれないけれど、心を籠めて歌ってみようか。
　最初は小さく、心が昂るほどに高らかに。澄んだ声で祝福の歌を花束のように歌い上げるまゆらに、巫部紫苑は真紅の瞳を笑みに細める。両手いっぱいの花束もいい。心いっぱいに作り上げた歌の花束だって、やっぱりいい。
「歌も、いいものですね」
　涼やかな声で囁いて、両腕に抱えた大きな花束の甘い香りを胸に満たす。
　花の香も、満開の花も食べられはしないけれど、

「……そうですね」
　瑞々しい花々に胸躍らせるのも悪くはない。それに、纏ったドレスの深いスリットも、大きく開いた胸元を飾るレースも、紫苑的にはとても愛らしくて嬉しくなるばかり。

　まゆらの歌を、それぞれに幸せそうなみんなが手にした花束の香を眼鏡越しの鳶色の瞳に確かめ、志波武道は淡く微笑む。

(うん、いいな)
　みんなが楽しそうだと楽しい。
　みんなが嬉しそうだと嬉しい。
　花と虹と楽し気な寝子島の人々を背に、武道は手にしたスマートフォンを動画モードにして構える。
「それじゃ、せーのでお願ーい☆」
　いいかなー、と明るい声を掛ければ、それぞれから快諾の声が上がった。顔中で笑って、武道はせーのと笑顔で掛け声。
　花の大地を彩る虹の空に、みんなの声が鮮やかに架かる。

「十周年、おめでとうー！」