寝子島の風にのって、ふわふわわ～｜リアクション

寝子島の風にのって、ふわふわわ～

　ふと気が付くと、豊田華露蘿は竹林の中にまっすぐ伸びる、遊歩道に立っていた。
　見渡す限り広がる竹林の中、まるで街灯のように等間隔に、紅白の梅が綻んでいる。その先には天を衝くほど大きな松が立っていて……あ、夢だこれ。

「初夢？　松竹梅は……めでたそうだから良いのかな？」

　首を捻りながら歩き出そうとして違和感を覚え、と両手を見下ろせば、そこに在ったのは小さな虎のダルマだった。――そういえば、お店に飾ったんだっけ？
　目の高さまで持ち上げて、虎ダルマをまじまじ見つめた。妙に愛嬌のある顔に、何となく話しかける。

「今年は君が主役だよ……わぁっ！？」
――ガオォォォ……ッ

　その途端、もぞもぞと動き出した虎ダルマに驚いて、華露蘿はポイっと放り出した。刹那、虎ダルマが本物の虎へと変じ、軽やかに走り始める。
　えぇ、と困惑する華露蘿を置き去りに、松の根元目指して真っ直ぐと。走る虎に行き会って、天満七星は「まぁ」と驚きに目を見張った。
　何故かちっとも恐ろしくないのは、これが夢だからだろうか。七星の前で足を止め、すり、と猫のように頭を擦り付けてきた虎はむしろ、可愛らしくすら感じられる。
　ふふ、と微笑みを零して、七星はそんな虎の頭をもふりと撫でた。グルゥ、と喉を鳴らす様は、やっぱり猫みたいだ。
　その様子を見ているうち、うず、と悪戯心が沸いてきて、七星は虎にそっと話しかけた。

「背中に乗せてくださいませんか……？」
――ガルル！

　どうやら承諾してくれたらしい、虎はぽーんと七星を背中へ放り投げると、再び軽やかに走り出した。まぁ、と今度は喜びで目を見張る。
　そんな1人と1匹の横合いから、不意に襲い掛かる影が在った。ライトグレーのポニテを勇ましく揺らし、手甲で急所を叩こうとする吉住獅百合だ。
　ひらり、かわした虎の動きに、むしろ嬉しそうに嗤って獅百合は、続けざまに蹴りを繰り出した。それもまたひらりと避ける、虎の動きはけれどもまるで遊んでいるかのよう。
　そんな獅百合に呼応して、吉住志桜里もまた虎を挟み撃ちするべく反対側から隙を狙い、急所を突こうと拳を突き出す。ルールなんてお上品なものはかなぐり捨てた、勝てば正義の喧嘩殺法、けれどもそれこそヒトのルールに捕らわれない虎は、背に人を乗せたままくるりと宙を飛んで見せた。

　やりますね、と呟いたのはどちらだったのか。二卵性の双子の如く、髪と瞳の色は違えどそっくりの姿かたちの少女達は、夢の中ゆえにいつものお淑やかな振る舞いをすっかり捨てて、何とか虎に一撃を加えようと踊りかかる。

「虎と戦えるなんて夢みたい！」
「夢ですけどね！」
「おや、パンT。珍しいところで会うもんだね」
「――夢の中でまで会いたくなかったけどね。あとその名前で呼ぶなと言っているでしょ」

　突然降って湧いたもう1人の声に、志桜里の眼差しが剣呑な色に染まった。虎へと向けていた拳の軌道を変えて、睨み据えた先に居たのは中学来の悪友にして宿敵、雨梨栖芹香だ。
　一瞬で剣呑な雰囲気になりかけた、少女達に『一緒に遊ぼう』とでも言うかのように、虎が一声大きく鳴く。

――ガゥッ！

　そうして遊んでいるように飛び跳ねる、虎の姿を遠くから見つけた城山水樹は、「わぁ！」と歓声を上げて駆け寄った。そのままモフッと勢い良く抱きついて、見事な毛並みを堪能する。
　モフモフ、モフモフ。

「すごーい、これ本物かしら？」
「ちょ……ッ！　危ないよ、水樹」

　そんな水樹を慌てて追いかけてきた、ヒュー・ヒューバートが冷や汗を浮かべて恋人の天衣無縫な振る舞いを止めようとした。が、逆にそんなヒューの手を取って、ほら、と水樹は虎の毛皮にもふりと埋める。

「大丈夫よ！　何か人懐っこそうだし、夢だし。ほら、ヒューも触って見なさいよ」
「夢でも……っ、そっか、夢か、夢なのかこれ……」

　だったら良いのかな、と手を毛皮に埋めたまま考え始めたヒューの傍らで、水樹は「夢よ、夢」と楽しそうにくすくす笑っていて。水樹が楽しそうだからそれで良いのかな、とヒューはようやく肩から力を抜いて、そうだね、と微笑んだ。