ここはとある小さな世界と、もう少しだけ大きな世界が重なり合う、時空の交差点。
　多元宇宙……いわゆるマルチバース？　泡宇宙？　多世界解釈？　あるいは宇宙は階位構造を持ち、シュヴァルツシルト面の向こうにはより上位の宇宙が広がっていて、ミクロな我々を観測しているのでしょうか？
　いやいや、まあまあ。こまかいリクツとかは、そーいうのはさておきね。
　ひとまず覗いてみましょうか。なにせ、見ているだけでも楽しいですからね。



「よお。そっちどうだ？」
「そうですね。あそこの木陰に、このキノコを配置したらいい感じかなと」
「おっ、いいじゃん！」
　近石 簾と都府楼 暦の目の前には、まっさらな大地が広がります。緑が目にやさしい、平坦な草原が見渡す限りに続いていて、さらにその向こうにはまだ手つかずの、草一本も生えていない無色で平らなプラ板みたいな地面がありました。
　寝子島をイチから作る……だなんて。実際、大変です。一大プロジェクトです。けれどそのぶん、やりがいもあります。手つかずの地面になにを置いていこうか？　と考えるだけでも楽しくなってしまいます。
「キノコか、そんじゃもう少し、木があったほうがいいよな」
「はい、持ってきてもらってもいいですか……？」
「おう！」
　この寝子島造成プロジェクトにおいて、暦の興味はもっぱら、植物の配置にありました。芝生に樹々、多種多様な花たち……もちろんキノコも！
　元来呼吸器系が弱く、なにかと伏せりがちな暦も、この新しい世界でならのびのびと健やかに動き回ることができました。なにしろここにはホコリも排気ガスも、ハウスダストもありません。
　たくさんの植物素材を詰め込んだカゴをよっこいしょっと背負って歩き、暦は鮮やかな芝生へちょこんと生えた白いキノコをひとつ撫でて、
「元気に育ってくださいね？」


　暦ひとりの祈りはちっぽけだけれど、やさしい祈りです。ここはまだまだ、まっさらな世界。どんな希望だって、育ててゆくことができるでしょう。
　それに、一緒に寝子島をつくってゆく、頼りになる仲間たちだっていますから。
「樹とか草とか、あれこれ見繕って持ってきたぞ。ここに置いとくな」
「近石くん！　ちょっと手伝ってくれるかなぁ～？」
　簾を呼んだのは多喜 勇生。隣には万条 幸次の姿もありました。
　現在進行中の作業は、寝子電の線路を引くこと。これまた大仕事です。
「そこのボルト締めてくれる？　手持ちの工具は径が合わなくて」
「おうっ、まかせろ！」
　簾といえば工具、工具といえばレンチの簾です。線路わきに勇生が置いた機械のパーツを、じゃらりと取り出したレンチの中からバッチリなヤツを見事一発で見つけて、がしゃこん！
「ありがとう、助かるよ。それにしても……できてきたねぇ、寝子島」
　あたりを眺め、ふと勇生がつぶやきます。


　シーサイドタウン駅。アウトレットに大観覧車。ステッラ・デッラ・コリーナに星ヶ丘寮のまばゆい白さも、参道商店街のレトロでセピアな空気感の演出も、彼ら自身が組み立てたものです。
　ことにＤＩＹを趣味としてモノづくりがお得意な勇生は、いわば現場監督のようや役回りもいつのまにやら兼任していたりして、寝子電のみならず全体のプロデュースにも余念がありません。少しおっとりしたところのある彼ですけれど、好きなこと、やりたいことにかけては、引っ込み思案でもいられません。
「多喜君、線路はこんな感じでいいかなぁ？」
　幸次はぱたん、ぺたんと寝子電の線路を敷いていきます。程よく真っすぐ、程よくカーブを描いて、その出来ばえには勇生もサムズアップ。
　にゃあん。ふにゃあ！　幸次の肩にはいつもいっしょの愛猫、花遊が乗っかって、幸次へ指示を飛ばしております。
「次は、こっち？　ここ？　分かったよ、花遊」
　なんて、花遊サンのお言葉はちょっと分かりませんけれど、彼がにゃあと鳴くたびほっこりして、さあやるぞと活力が湧いてきます。

うにゃうにゃん♪
　それは幸次だけでなく、その場で作業をともにするみんなも同じであるようでして。暦などは、配置に迷った時には幸次のもとを訪れて、
「このキノコ、色合い的にはあそこなんですけど、植生を考えると向こうのほうが良いと思うんです。でも、ちょっと地味に見えちゃいそうで……どう思います？」
　にゃ～ん！
「キノコが喜ぶように置くと良いんじゃないかな。って、言ってるみたいだよ。たぶん」
「あっ、やっぱりそうですよね……！　ありがとうございます、そうしますっ」
　てなこともありました。
　言わずもがな、花遊ではなく幸次の言葉だったりするわけですけれど、それでも愛猫のむふんっと得意げなお顔を眺めれば、幸せな気分で作業することができました。
「よお～し、もう少しでシーサイドタウン駅まで線路が開通するよ花遊！　いっしょに頑張ろうな～」
　ふにゃにゃ～ん。



「おおい。調子はどうだいね、君」
　ぬうううん。進撃のなんちゃらではないけれど、壁の向こうから顔を覗かせたのは、巨大旅鴉 月詠です。


　簾は振り返り、手をふります。
「よお！　順調順調、いい感じだぜ。っつーか、見えてるだろ？」
「うん、造りかけでも、寝子島は実に美しいな」
　ここは小さな世界と大きな世界の交わるところ。ムードメーカーな簾と、あれこれ物事に精通した月詠はたがいに、その橋渡し役といったところです。
　まあ大きいとか、小さいとか、そんなのは観測する立場によって変わってくる程度には曖昧です。ものさしはたくさんあっていいのだと、月詠などは思います。
「ふむ。太陽はもう少し、光量を上げたほうが良いようだ」
　月詠の担当はといいますと、空の構築！　大げさですけれど要するに、雲っぽく厚板を切り抜いたモビールやら太陽を模したミラーボールを吊り下げたり、着色して色味を調整したり、といったところです。
　壮大なる天地創造の技……ミニチュアですけれど、芸術に通じる月詠の作るそれは実に見事な出来ばえで、表現する世界観には深みや説得力がありながら、少しのお茶目や親しみやすいデフォルメ感も同居する、なんとも素晴らしい空間となりつつありました。
　ところでミニチュア寝子島には、そこで作業をする勇生や幸次、暦と比べても大きく、ちょっと運べないような大型オブジェクトも多く配置されています。例えばシーサイドタウンの駅ビルmiaoだったり、大観覧車だったりは、ミニチュアサイズとはいえ大変！
　そういったものを主に配置しているのが、響 タルトとマーガレット・ライカーのふたりです。彼女たちは月詠同様、大きな世界からミニチュアづくりに携わっています。

「タルトさん、これ、どこに置きましょうか？」
「あ、いいね～、かわいい♪
あのへんなんてどうかな？」

　マーガレットは星ヶ丘チックな建物をイソラ・ガレッジャンテのお隣あたりにちょこんと設置し、タルトは寝子電の車両を敷いたばかりの線路へ乗せました。
　この建物はレリーフが綺麗だから星ヶ丘に置こうとか、こっちは趣き深くて素敵だから旧市街だねとか、そんなことを相談しながらぽちぽちと建物を配置していく。というのが、ふたりのお仕事……ではあるのですけれど。
　その合間には、彼女たちならではのお楽しみもあったりするようでして。
「あ、タルトさん、タルトさん！　あれはちょっとベストショットじゃないですか！？」
「おお～、いいねえ～♪　眼福だねえ～」
　などとテンションの上がるふたりの見下ろす先には、勇生と幸次の姿がありました。
「ちょ、これ固ったい……！　幸次くん、手伝って……！」
「おっけー、いくよぉー？　せーの！」
「「ふんぬぬぬぬぬっ」」
　なんて、がっつり協力体制な男子二名のカラダはいやおうなく密着するわけで、その様子は見下ろすふたりをやみくもに喜ばせたりしました。
　なんでかって？　ま、趣味や嗜好は人それぞれですから。見る側によっては友情になったり、愛情になったりするだけ。そういうわけなのです。
「むふ。役得ですねえ、タルトさん♪」
「箱庭の男の子たちを観察するっていうのも、オツなもんだね～マガレちゃん♪」
　男子二名はもちろん、頭上にほくそ笑む女の子たちの思惑など思いもよらず、いい汗をかきながら作業を続けるのでした。



　簾は沈みゆく夕日を眺めます。地平線は思いのほか近く、太陽は月詠の作ったミラーボールで、そのレトロな作り物感がまた、いいのです。
「ふたつの世界が協力して、新しい世界を作るってんだ。すげえもんができるに決まってるよな！」


　作業はまだまだ半ば、先は長いけれど、わくわくが止まりません。大きな世界の仲間たちと、小さな世界の仲間たちと、いっしょに作り上げる新世界。
　そのすばらしい道程を誇らしく眺めて、簾はむふうと悦に浸るのでした。