窃盗事件発生！～奪われた七色の蝶ネクタイ～｜リアクション

窃盗事件発生！～奪われた七色の蝶ネクタイ～

　【綾取りと三角定規】

　しかし。
　その間を置かずに、二つの影が、走り去る瓢を追い掛け飛び込んできた。

　「さてはて。さぁ、あっしは、おたくらに捕まるほどおちぶれちゃいないさぁね」
　その姿を横目に、骨削瓢は不遜な笑みと共に語りながら、走る速度を一気に早めた。
　「聞いた通りになりましたね。奪う前には間に合いませんでしたが…骨削瓢……まさか本当に蝶ネクタイを奪うとは。
　……許し難い。ぶちのめして、彼も生徒指導室行きとしましょう」
　影の一つ、鈴野加代がポケットから白い手袋を取り出しつつ走る。
　「さて、あっしをどうやってぶちのめすと言うのかねぇ？」
　ニヤニヤと笑い尋ねる口調で答えながらも、彼が足を止めることは無い。

　今や駆け抜ける北校舎は、蝶ネクタイ２つを奪った彼の独壇場だった。
　階段を手すりを軸に飛び降り、３ステップで駆け抜ける彼。
　これでは、同年代の少女２人の体力で追いつける……
　というイレギュラーが発生する訳が──存在した。

　もう一つの影──常闇月、少女でありながら極限まで高めた身体能力と、特技『綾取り』もとい鋼糸によるワイヤーギミックで、彼が３ステップで降りる階段を２ステップで飛び降りるという荒業を、いとも容易くやってのけたのである。
　──その身体能力と技能を得る為に犠牲にしたものを、彼女は自らは語らないし、それはもちろん見て分かるものでも無い。
　ただ、現実。その能力は瓢との距離を確実に埋めつつあった。

　しかし、彼女が手足の延長のように伸ばしたワイヤーが、肝心の瓢に届かない。
　それは後ろに目がついているかのようにかわされ、そのアクションそのものにより、やはり着実にとはいえ、距離は思う程には縮まらない。
　そんなやり取りの中、加代の体力が明らかに落ちているのが分かる。
　月が不安に思い、後ろを振り向いた瞬間。
　「作戦Ｂ！　決行！」
　体力切れか、ついに完全にスピードを落とした加代の最後の言葉。
　月は弾かれたように、振り向くのをやめ更に瓢を追い掛けた。
　「どんな作戦か知らんが、あっしは捕まらん！」
　駆け抜ける瓢と月を見送って、加代はぴたりと立ち止まった。

　通常の体力勝負では男子に勝つことなど叶わない。そんなのは分かり切っていた。
　ならば、それ相応の手順を踏まえれば良い。立ち止まったのも、『そこがスタート地点だったから』に他ならない。
　どこを計っても同じ数字計測。どこを取ってもコンパス用の実用円を除いて尖った箇所しか存在しない。
　そんな、彼女の中学校時代のあだ名は『三角定規』

　息切れした様子もなく、加代は白手袋を両手に嵌めた。
　キュッという心地良い布ずれの音と共に、手になじむ白手袋。

　「作戦名：暴徒鎮圧。集合地点Ｅ。時間を掛けた価値を見せてあげましょう」

　遠目にはるか彼方に見える瓢に視線を向けて彼女は横の壁に手を向けた。
　『ひと』がいない空間に彼女のろっこんが発動する！　

　【発動条件】
　白い手袋を両手に嵌める。
　【能力】
　掌から岩塩弾を召喚して撃ちだす。

　　バァンッ！！

　激しい音と共に、壁に白の粉が弾け、壁には僅かな衝撃と岩塩の跡が付着する。
　発動した威力に、瓢がもれいびである事を確信して、歩き出す。
　月からの話を聞いて割り出した。彼の目的地は猫鳴館──
　ならば、と放った作戦と共に、加代は通常通行禁止の重たい非常扉を押し開けた。