霊界の空を幽霊船の飛ぶ｜リアクション

霊界の空を幽霊船の飛ぶ

「外は外で賑やかですねー」
　海蛍の群れる波打ち際までは少し遠い石段に腰掛け、十歳の少年の姿した付喪神は幽霊船とその周囲に集まるあやかしやひとを眺めておっとりと笑う。
「たまには外に出てみるもんですね、リュウ君？」
　隣に座る三歳ほどの幼児の姿した付喪神──『リュウさん』の頭を撫でて、無言のままにその手を叩き落とされるも、気にした様子もなく服の胸にくっついた蛍を見下ろす。
「蛍さんのお陰で面白いものが見られましたー」
　行かないの、と小さな蛍に少女めいた声で小さく問われ、少年は傍らの幼児を見遣った。夜色の瞳がひどく大人びた色を宿して和む。
「うーん、これ以上はあの家を──あの子の傍を離れたくないかなー」
　それじゃあ、と蛍はふたりに話を請う。
「お話しですかー」
　少年の姿した付喪神『イザさん』は首を捻る。うーん、と考え込むイザさんを鋭いまなざしで見遣り、
「俺は、気が付いたらポケットの中で揺られていた」
　リュウさんが三歳の見た目にそぐわぬ静かな口調で語り始めた。
「自分に意識があったのは分かっていたんだ、数年前からな」
　まあ、と鋭い眼光ながらも三歳児の見た目通りに可愛らしい蒲公英色した瞳を細める。
「動けるようになったのは最近だがな」
　一段下の段に届かぬ小さな足をぶらぶらさせながら、リュウさんは幼いかたちした唇を大人びて引き結んだ。俺は、と瞬く。
「俺の中に混ざっている何者かの意識が強いせいで、俺の話し振りは人としての年齢では不相応なんだ」
　人前では話さないようにしているらしい見た目は三歳の幼児な付喪神に、蛍はぴかぴかと光って相槌を打った。
　イザさんの服の胸で光る蛍を見遣り、リュウさんが再び口を開こうとしたとき、
「リュウ君はまだ生まれたばっかだから、色々ぼんやりしてるんだよねー」
　イザさんがひょいと手を伸ばしてリュウさんの頭をよしよしと撫でた。
「……頭撫でるな鬱陶しい」
　まるきり三歳児に対する扱いに、付喪神としての意識に他の誰か──持ち主に関わる誰かの意識が混ざっているために中身は幼児ではないらしいリュウさんは目を三角にして怒る。
「キサマの方が長くこの世に存在しているからと言って兄貴ぶるんじゃない！」
　苛々と声を荒げ、頭を優しく撫でるばかりのイザさんの手を再度はたき落とす。
　イザさんの服に止まっていた蛍がふわりと宙に舞った。ゆらりゆらりと夜に流れながら、柔らかなまなざしした十歳の少年と鋭いまなざしした三歳の少年の周りをくるくると巡る。しばらくそうして後、今度はリュウさんの肩に翅を休め、少女の声で笑った。
　あなたのほうがおにいさんみたい、と言う蛍の言葉に、リュウさんはイザさんを見遣って小さな溜息を吐く。
「まあ、コイツは見ての通りのボンクラ……」
「あのねー、僕ら二人で一つなんですよー」
「聞いてねぇよ」
「大切な子を守れるためなんですよー」
　のらりくらりふわふわりと喋るイザさんを呆れた目で眺め、リュウさんは幼い眉間に気難しい皺を寄せる。
「昼間でも守れるように、ヒトに化ける練習もしたんですよー？」
　練習の甲斐あってこの通り、とイザさんはどこからどう見ても十歳と三歳の子供な自分たちを交互に指し示して得意げな顔をして見せた。
　『大田原イザヤ』と『大田原リュウジ』というのが、イザさんとリュウさんがひとのかたちをしているときに名乗る名前。
「それが僕たちの生まれた理由ですー」
「自分の事だけ喋ってるよ図太ぇなオマエ」
「あららリュウ君手キビシイ……」
　膝に頬杖をついて興味無さそうな顔をするリュウさんに、イザさんは然程気にした風でもなく大らかに笑って返す。
　蛍が瞬くように光った。元の姿は、と問う。