夜の庭に虫が鳴いている。
湿気を多く含みながらも肌寒い六月の庭に、ゆらり、青白い炎が揺れた。
(誰もいないわよね)
旧市街の大家族として知られる三夜家の縁側を足音もなく進むのは、白い着物を纏った黒髪の少女──半世紀ほども前に十代の若さでこの世を去った三夜家の長女、
三夜 小雪。
誰を驚かせることもなく、ただただ家族を見守りたい一心で幽霊として留まっている彼女の傍を、ふわり、金色の光の粒が過る。
「……蛍」
手を伸ばした小雪の細く白い指先をすり抜け、蛍が飛び行くのは旧市街の通り。
「蛍じゃん」
人気のない真夜中の旧市街の路地を黒髪の青年の姿に化けてそぞろ歩いていた靴の付喪神、
漫 歩の勿忘草の青色した瞳にゆらゆらと明滅する金色の光を映し、蛍は夜を飛んで行く。
飄々とした笑みを小さく零し、歩は元々の己の姿であるコンバットブーツを見下ろす。
この靴を──己を履いていろんなところへ行くんだと夢見ていた病床の青年はもうこの世にはいなくなってしまったけれど。
「追っかけてみるか」
付喪神になった今なら、彼の分までたくさん歩いて走って、いろんなものを見ていくことはできる。
窓の外を、蛍が過ぎる。
(蛍……?)
部屋の主が閉め忘れたカーテンの隙間から見えた金色の光を、『魔法少女ミスティックアリア』の1/6スケールフィギュアの付喪神であるところの
姫之崎 ありあは捉える。
(こんなところに?)
近くに川とかあったかしらと不思議に思いながらも、ありあが気になるのは勉強しているうちに机に突っ伏して寝落ちてしまった部屋の主のこと。
(もう、また無理をしてる……)
声優を目指す彼女を応援してはいるけれど、頑張りすぎる彼女のことは心配だ──
◇◇◇◇◇
蛍が舞う。
金色の光の痕を月のない夜の闇に描き、誘うように導くように、ふわりゆらりと寝子島を飛ぶ。はじめは一匹に見えた蛍は追ううちに数を増し、
「……これは壮観だ」
波音が近くなる頃には、周囲をぼんやりと照らしだすほどの光の帯となる。
揺らめく光の帯を辿るように、誘われるままに海への道を辿るのは、褐色の額から鋭い黒色角を二本生やした、身の丈二メートル半もある鬼。
晒を巻いた胸や逞しくもしなやかな筋肉の浮いた腰を惜しげもなく夜気に触れさせながら、怖じた気配の欠片もなく悠揚と歩を進める。
夜風に揺れる防風林のその先には、暗い夜の海があるばかり──フツウであれば、そのはずだった。
「これはまた」
精悍な唇の端を笑みのかたちに引き上げる
鏨 紫が見たのは、次々に海へと飛び込む蛍たち。金色の蛍は海に触れたその途端、亡霊となったが如く蒼白い光となる。波と戯れ、蒼く輝く海蛍となる。
そうして海蛍に照らし出される波の上には、帆柱が折れ、船腹に大穴が空いた古船が一艘。
「直し甲斐がありそうだ」
琥珀色の瞳を細める霊界で大工に鍛冶に樵にと手広く手掛ける一家の棟梁の隣、
「幽霊船じゃと」
ふわふわの狐の尻尾を揺らして並ぶは狐耳と尻尾を持つ狐妖怪の少女、
片夏 阿呂江。
「あれ自体がひとりのあやかしで、その気になれば大勢を乗せて霊界の空へ渡ることもできるそうじゃがのう──今はエネルギーが足りぬそうじゃ」
のう、と見遣るのは、海岸に打ち上げられた態の幽霊船を見上げて波打ち際に立つふたりの人影。
蛍をその小さな身の周りに舞わせる巫女装束の幼女と白髪青眼の老翁は、紫と阿呂江に向けて揃ってお辞儀をした。老翁が手に提げていた幾つもの風鈴がちりちりと微かに鳴る。
「この子は」
老翁は、幽霊船をそう呼んだ。
「『物語』を燃料としておる。すまんが、話を聞かせてやってはくれんか。幾許かでも聞かせれば、霊界の空を永く飛べよう」
どんな話でも良いと頭を下げる老翁の影が蛍たちの光に揺れる。その影に猫の耳と尻尾が揺れているのを見て、阿呂江は緋色の瞳を細めた。
「礼と言っては何だが、飛べるようになれば皆を乗せて暫しの遊覧飛行と洒落込もうか。皆の望む場所へ飛んでもらおう」
こんにちは。
今回は、あやかし生誕&イラストキャンペーンBコースのシナリオをお届けに参りました! 担当させていただきます、阿瀬 春と申します。
いいですよね、あやかし。ロマンです。張り切って参りますー。
ガイドには姫之崎 ありあさま、漫 歩さま、三夜 小雪さま、鏨 紫さま、片夏 阿呂江 さまにご登場いただきました。ありがとうございます! ご当選おめでとうございます!
ガイドに関わらず、アクションはどうぞご自由にお書きください。
そういうわけで、今回のシナリオはこんな感じで準備させていただきました。お気軽にご参加いただけますと幸いです。
その壱
◎『話』を聴くことを燃料とする幽霊船に物語を聞かせよう!
・あやかしとして生まれたときのこと
・寝子島でどうやって暮らしているか
・霊界でどうやって暮らしているか
・仲間や家族はいるのか、いるとしたらどんな関係なのか
海に浮かぶ幽霊船を前に聞かせていただきましたり、もしかその場から動けないようなあやかしさんの場合は、寝子島のあちこちを飛ぶ蛍に聞かせていただくことも可能です。
蛍を見かけて昔の話をしたくなった、とか、幽霊船と蛍の噂を聞いていた、とか。きっかけはどのようなものでも大丈夫です。幽霊船を空へ飛ばす手助けをしてください。
どんなお話でも構いません。あなたの物語をお聞かせください。
その弐
◎復活した幽霊船に乗って霊界のあちこちを回ろう!
・霊界や寝子島にあるあなたの棲家
・霊界にある行ってみたかった場所
・みんなに案内したい場所
などなど、あなたのお気に入りの場所をご案内ください。その場所に降り立つことを望んだ他のあやかしさんたちと一緒に探検したり観光したりも楽しそうです。
※船内探検もできます(甲板にはうたた寝しているデッカイ猫、帆柱の見張り台や舵輪にはガイコツ姿の気のいい『船員』たちがいます)。
登場NPC・Xキャラについて
・蛍子
黒髪金眼、巫女衣装の無口な幼女。今回は蛍たちを使って幽霊船までの案内をしている。
蛍や海蛍を使うことができる。あちこちでよく迷子になる。
・猫爺
白銀髪青眼、作務衣姿の老人。
幽霊船の面々とも顔見知りらしく、船内や幽霊船事情についても詳しい。
人間の姿をしているものの、影をよく見ると猫耳と尻尾が生えている。
話の聞き役やその場の説明役として、みなさまのアクションによって登場したりしなかったりします。
・Xキャラクターについて
種族『あやかし』のXキャラクターのみ参加が可能です。
Xキャラクターをご希望の場合は、口調やPCさんとの関係性などのキャラクター設定をアクションにお書きください。
Xキャラ図鑑に書き込まれている内容は、URLを書いて頂けましたら参照させていただきます。
ご参加について
あやかしキャンペーンシナリオではありますが、ご縁がございましたら、あやかしさんもひとももれいびも、星幽塔の住人さんも、みなさまどうぞお気軽にご参加ください。
お話だけお聞かせくださいますことも、霊界観光だけを行うことも可能です。
寝子島や霊界のいろんなあやかしさんやみなさまにお会いできることを楽しみにしております、どうぞよろしくお願いいたしますー!