連なる鳥居の、その先は｜リアクション

連なる鳥居の、その先は

　日曜日、空はすっきりと晴れた。朝方なので日差しは柔らかい。
　星ヶ丘寮の邸宅前、八神修は手首や足首を回し、入念にアキレス腱を伸ばした。
「行くか」
　軽い飛び出しで走り出す。発生した風で白いパーカーが左右に広がった。中に着た黒いランニングシャツに薄っすらと筋肉が浮いて見える。
「だいぶ体力が付いたな」
　息を切らすことなく、軽快に飛ばしていく。
　歩道に出た。前方の信号が赤に変わり、停まっていた車が一斉に流れる。
　修は寝子ヶ浜海岸の方向を一瞥した。即座に真逆の道へと曲がった。
　木陰の中を走り抜けると天宵川のせせらぎが聞こえる。パーカーのポケットからハンドタオルを取り出して額に押し当てた。少し汗を掻いていたようで表面が湿った。
「鳥居なのか？」
　木々の間に赤い物体が見える。下草を突き進んで川岸に踏み込んだ。見上げるような高さの鳥居が立っていた。
「……どういうことだ？」
　不自然な場所の鳥居に修は警戒心を強めた。周囲に人影はなかった。目に留まるような物体もない。
　視線を正面の鳥居に向けた。文字は書かれていない。年代を示すような数字も見当たらない。
　スマートフォンを手にした。カメラ機能を使って鳥居全体を写す。画像で確認すると奇妙な点は見られなかった。
「……この状態では、手掛かりを得られないか」
　顎先に手を当てて考えを巡らす。行き着いた答えに従って徐々に距離を縮めていく。
　足を止めて柱の表面に触れた。摩るように動かして掌を見る。
「汚れていない。最近の物なのか」
　周囲をゆっくりと回る。死角に当たる部分を注意深く眺める。が、新しい発見はなかった。
「あとは……」
　中央の空間にそっと手を伸ばす。
「何もないか」
　頭部を入れた。その状態で横や上に目をやる。
　引き抜いて大きな一歩を踏み出した。

　景色が一変した。
　再び警戒心を強める。冷静な態度を装い、目で周囲を探った。
　古めかしい駅舎には銀朱駅の名が付けられていた。半透明の人物が右手の方向でふわふわと浮いている。目の前を二足歩行の猫が横切った。知り合いを見つけたのか。急に走り出した。
「久しぶりにゃ。元気にしてたにゃ」
　猫が人語で語る。周囲にいた者達に驚いた様子はなかった。
「……そういう場所か」
　方々に伸びる道に注目した。数え切れない鳥居が全体を囲むように立っている。先程の物よりは小さかった。
　それぞれの道に目をやり、軽く目頭を揉んだ。いくら目を凝らしても道の先が見えることはなかった。
　――理詰めではなくて、たまには直観を信じてみるか。
　一本の道を選んだ。着実に階段を踏み締めて上がっていく。
　鳥居の連なりは赤いトンネルの中を進むようだった。蛇行する道を見て修は想像を巡らす。
　――大蛇に呑み込まれた気分だ。
　頭に過った瞬間、立ち止まって後ろを振り返る。すでに出発点は見えなくなっていた。
　気分を改めて道なりに進む。小さな鳥居の終わりが見えてきた。代わりに巨大な鳥居が修を出迎えた。
　立ち止まると顔を上げた。中央の扁額の文字、『天地録書処』に目を注ぐ。
「てんち？　いや、あめつち、かな」
　自信のない声はで巨大な鳥居を潜った。
　大気が揺れて左右に渓谷のような書架が現れた。
「全部、本なのか！？」
　表情で驚きながらも口が笑っている。膨大な知識で溢れた場所に全身が震えた。一方を見上げて書棚を目で追う。
　――二十段の先は霞んでいる。なんという高さだ。
　目は奥に向かう。果てがないように思えた。
　修は手近な本を引き抜いた。早速、開いて中を見ると奇妙な文字の羅列が目に飛び込んできた。
「……古文とは違う。異界の文字なのか？」
　元の場所に押し込んだ。
「全体の把握が必要だな」
　正面を見据えて修は力強い一歩を踏み出した。

　歩く程に謎が深まる。迷宮の奥深くに引き込まれる。
　道は一本だけではなかった。交差した先にも天を貫くような書架がある。遥か上空には籠のような物が浮いていた。滑らかな移動で書棚に引っ付き、まるで人が操作して目当ての本を探しているようだった。
「どうすれば」
　目は籠を探すが見つからない。どこかで借りられる場所があるのか。修は走って探し回る。
　合間に読める本を見つけては乱読した。
「……ここは霊界であやかしの住まいになっているのか。人間の出入りもできるようだが、法則性まではわからないか……」
　知識欲は尽きることがない。しかし、無情にも時間は過ぎゆく。方々を見て回っていると急に大気が揺らめいた。
「待ってくれ！　もう少し時間を！」
　その予感は当たった。

　修は天宵川の畔に立っていた。失意の顔で周囲に目をやる。
　赤い鳥居はどこにもなかった。

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連なる鳥居の、その先は

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