連なる鳥居の、その先は｜リアクション

連なる鳥居の、その先は

　初夏の日差しは柔らかく、どこか空気は澄んでいる。
　午前六時を過ぎた。寝子ヶ浜海岸には人気がなく、街の音が遠くに感じられる。
　朝帰りなのか。朝鳥さゆるはパーカー姿で海の彼方を眺めている。茶色い瞳はぼんやりして何も映していないようだった。
　ショートの髪が吹き付ける潮風で揺れる。視線が横に動いた。
　その先に赤い鳥居が立っていた。不安定な砂浜の上とは思えない。微動だにしない状態で佇んでいた。
　さゆるは一歩を踏み出した。防風林を超えて斜面を下りる。特に急ぐでもなく、近付いて見上げた。
　何も思うことはないのか。黙って柱を回り、最後に鳥居を潜った。

　さゆるの口が僅かに開き、一言もなく閉じる。怪異には慣れていた。
　波の音は聞こえて来ない。見上げる空は一色を薄く伸ばしたような高さを感じる。
　視線を正面に戻した。海を思わせる広さがあった。湖面は穏やかで空と同じ色を映し出す。
　湖の周辺に遊歩道は見られない。視界を邪魔するような木々はなく、歩き難い地形でもなかった。
　一方に目を向けて歩き出す。気ままな散歩の中、横目で湖を眺める。
　似たような風景が続いた。変化を求めた行動なのか。さゆるは湖に身を寄せると視線を下に向ける。
　足が止まった。湖を覗き込む姿勢を取る。湖面に映った自分が冷ややかに見詰めてきた。
　その姿が揺らめき、薄れて消えた。風は吹いていない。湖面は鏡の状態を維持したまま、別の像を緩やかに形作る。
　瞬間、さゆるは表情を歪めた。胸を押えた姿でよろめき、両足で踏ん張る。すぐさま前屈みとなって睨み据えた。
　湖面に疲れたような横顔の片篠藍人（かたしの・あいと）が映し出された。頭が前後に揺れている。抱き付いた相手は泣き叫び、怒りにも似た目を藍人に向けた。
「あれは、あたし……」
　藍人は寂しげな横顔で微かに笑った。さゆるの悲しさや怒りを全て胸で受け止めた。効果があったのか。二人は、ただ抱き合う。
　胸の中のさゆるは落ち着きを取り戻した。顔を上げて何かを伝える。藍人は、そうか、と口を動かした。
「なにを」
　さゆるは目を見開いた。
　藍人がゆっくりと後ろに倒れる。白いシャツの中程が赤く染まっていた。さゆるの右手には血塗れのナイフが握られていた。
　弱々しく咳き込む藍人を見て、さゆるが微笑む。持っていたナイフで自身の腹部を何度も刺した。幸せそうな顔で折り重なるようにして倒れた。
　二人の腕が自然に相手を求めて抱き締める。永遠の愛を誓った姿で動かなくなった。
　さゆるは後退る。思い詰めたような表情で遠方を眺めた。
「……あれは願望……」
　再び、歩き出す。目に付いた小石を蹴った。
「……未来ではないわ」
　落ちていた小枝を強く踏むと乾いた音で折れた。
「……でも、望めば未来は――」
　足が止まりそうになる。湖面に目が引き寄せられ、振り切るように歩く速度を上げた。

　さゆるは湖を離れられず、霊界から解放されるまで延々と歩き続けた。

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