霊界線、浅縹（あさはなだ）駅に出発進行｜リアクション

霊界線、浅縹（あさはなだ）駅に出発進行

　霧の中を物ともせず、漫歩は今日も散歩を楽しむ。
　髪型はツーブロックで青い瞳に合わせたような色合いのサマースーツを着ていた。二十歳くらいの見た目でどこか飄々とした若者であった。
　軽快な足取りで時にゆっくりとなる。
「今日は人間の気配が多いような……」
　探るような目は長く続かない。柔和な顔となって歩くことに専念した。
「あれは人間かな？」
　大小の人影が寄り添うように歩いてくる。猫館鳴と白石龍樹であった。
「姉弟かな。やー、こんちは！」
　その声に二人は驚いた顔で立ち止まる。歩は意識的に笑顔を浮かべた。
「びっくりさせたみたいだね。もしかして迷い込んだ？」
「ここって、九夜山じゃない？」
　龍樹の問い掛けに歩は軽く頷いた。
「ここは霊界だよ。霊界線の浅縹（あさはなだ）駅の近くだね」
「もしかして、機関車が走っていたりしない？」
「見たんだね。電車の時もあるよ」
「すげえ！　アニメみたいだ！」
　龍樹の目が好奇心で輝き出す。歩は腕時計に目を落とした。
「まだ来る時間ではないから、この辺をちょろっと案内しようか。あ、帰りのことは心配しなくていいよ。普通は勝手に戻れるようになってるからね」
　歩の親しみのある言葉に二人は相談するように顔を寄せる。話はすぐに纏まった。
「頼むぜ、にいちゃん！」
「任せろ、歩にいちゃんに。近場の『悠久の庭園』に案内するよ」
　歩は先頭に立ち、二人のペースに合わせて歩き始めた。
　木々の合間を抜けていくと霧に色が滲む。青い水彩画のような中を進むと歩は足を止めた。
　周囲を眺めるようにして説明を加える。
「ここの霧は淡い青色だけど、よく見ると違う色が見えるでしょ」
「黄色が見えるぜ！」
「そうだね。そこを進んでいくと迷わないで行けるんだ。もう少しだからはぐれないように付いてきてね」
　歩はちらりと鳴を見た。警戒心はすっかり無くなり、口の端には笑みが見て取れた。
　ほっとした表情で歩は黄色い霧の中へと入っていった。二人は背中を見失わないように付いていく。
　霧は薄くなり、草木が程よく馴染んだ庭に出た。
「ここが『悠久の庭園』だよ」
「永遠じゃなくて？」
　龍樹は周囲を見ながら声を返す。歩は歩きながら答えた。
「古い庭園だけど、永遠と言える年月は過ぎてないからね」
「放置されたみたいに見えるけど、違うんだね。あの小瓶は何だろう？」
　鳴は垂れ下がった大きな葉の尖端に顔を寄せる。取り付けられた小さな瓶が微かに揺れている。その動きに合わせて中の液体もゆらゆらとしていた。
　歩は微笑んで言った。
「夜露を集めているみたいに思えるけど、そうではなくてね。訪れた者の感情や思い出が霧に溶け出してカイコ露（ろ）となって個々の瓶に溜まっていくんだよ。気に入った物があれば手に取りなよ」
「勝手に持っていっていいの？」
　鳴は言いながらも小瓶から目を離せない。
「いいよ。そのカイコ露を加工する店に案内してあげるね」
「俺はこの瓶だぜ！」
　龍樹は身を屈めた。大きな一輪の花の下に置かれていた瓶を掴み取る。
「さあ、こっちだよ」
　歩は軽快に歩いてゆく。付いていく二人の足取りも軽くなる。
　向かう先に大樹が見えてきた。根元の近くにアーチ型の窓があった。立て掛けられた木製の看板には『つむぎ屋』と丸みのある文字が彫られている。
　ガラス製の扉の手前で歩はくるりと回る。
「ここで瓶の中身を加工して貰うんだ。香水や甘いシロップになる。純度の高いカイコ露は艶やかな糸になって最高の服に仕立てる。物凄い時間が掛かるけどね」
　話を聞いた二人は交互に案を出す。
「叶うといいね」
　三人は店の中に入っていった。

　希望の一品を手にした二人は満足気に道を戻る。先頭にいた歩は、これは、と呟いて耳を一方に傾けた。
「霊界線の機関車がきたみたいだ。急げば浅縹駅から乗れるよ」
「本当に！　やったぜ！　でもさ、乗ったら寝子島に戻れなくなるんじゃ」
「その心配はないよ」
「それなら早く行こうぜ！　鳴ねえちゃんも乗りたいだろ」
「まあ、初めてだし。乗れるなら試してみたいじゃない」
　そわそわする鳴に歩は、急ぐよ、と朗らかに言って速度を上げた。
　的確な誘導で辛うじて間に合った。二人は揃って乗車して歩が見送ることになった。
　窓を開けた龍樹は顔を出して大きく手を振る。
「歩にいちゃん、ありがとな！」
「楽しかったよ」
　隣で鳴が小さく手を振る。
「俺も楽しい散歩になったよ。ありがとう。今度は寝子島で！」
　再会を期待して歩は両手を振るのだった。

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霊界線、浅縹（あさはなだ）駅に出発進行

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